ドアの着地点

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     いささかの物語を経てドアが完成したことはすでに書いた。時期外れの

    降りしきる雪を店の窓から見て、炭火を整えて、コーヒーで一服。

     我が町下丸子駅の真ん前の不動産屋さん、店先に置くベンチ作りも塗装が

    乾くまでやることなし。この年齢になってストリートファニチャーを手がける

    なんて思いもしなかったわい。いずれブログで紹介することもあるかもね。

     

     で、一服しつつ、トイレのドアが気になった。

     素のドアだ。

     以前のドアをちょん切って、も一度塗装して、畏友T野井様の尽力で

    取り付け完了。このままでもなんの問題もないけど、ちょっと寂しく

    ないか?  中央にTOILETやら何かしらのイラストでワンポイントが

    よくある手だけど、それじゃ当たり前すぎる。シンプルなモダンデザイン

    はアジアの混沌好きなワタシは我慢できないんだわさ。

     

     ってことでこうなったのは以前書いた。

     こうするためには、

     鉄のワッシャーを真ちゅうのマイナスネジで留めなくてはならない。

    別に真ちゅうネジをじゃなくて鉄ネジでもいいんだけどさ。懇意の

    ネジの永井さんが特別に作ってるマイナスネジを使わないと気が済まない。

    というのも真ちゅうのマイナスネジはすでに生産されてなく、たまたま

    自作の家具に使いたくって問い合わせたことがあったのよ。

     ないとなると欲しくなるのが人情、作って欲しいみたいなことを言った

    覚えがあったもんでね。礼を失しちゃイカンだろう、せめてココで使おう

    となったんだ。とはいえネジの永井さんが特注したもんだから安くはない。

    ネジだけで4千円もしてしまった。

     こんなちっぽけな思い入れ、誰も気がつかないだろうな。

     

     この鉄のワッシャーにマグネットで写真を張り付けようってことだ。

    真ちゅうには磁石効き目ないからね。上記の通り四角い写真をとりあえず

    張ったけど、傾きが気になるし、時間が経てば角が垂れ下がってくるに

    決まってる。ならばと、

     丸く切り抜いたときたもんだ。これなら多少傾いたって気にならない。

    持ってたサークルカッターで切り抜くのに多少手間取ったけど・・・・。

    ま、これがこのドアのとりあえずの着地点だろう。

     

     この写真たちはずーっと前に買ってあった映画の写真集なんだ。観た

    映画未見の映画さまざまだけど、その中の一枚のコレがさっぱりでね。

    なんだコレ? と、長い間謎の映画だったんだわさ。

     

     未見の映画でもおおよそ見当がつくとか写真だけで知ってるとかある

    じゃない。でもコレは今までの映画歴の中でどこにも引っかからない

    っていうか、皆目見当もつかないの一枚だったワケ。

     

     今年になって、愛用してる図書館に行ったら新着DVDがあったのよ。

    ショア(Shoah)という映画。4枚組、なんだこりゃ? で、観た。

    ホロコーストの証言集、全編インタビュー。まったく淡々と進んでゆく

    んだけど、なんだかついつい引き込まれて、数日で観終わってしまった。

     で、その中の1シーンがコレでね。標識にTREBLINKAとあるけど、

    強制収容所の一つで、写っているのは機関車の運転手だったことが

    わかったんだ。

     

     毎日、蒸気機関車でせっせと送り込まれるユダヤ人たち、話すことは

    一切まかりならぬの状況下、なんでここに連れてこられたかがまったく

    わからないユダヤ人たちに、すぐに殺されることを伝えてあげようと、

    線路脇の住人やこの運転手は、手のひらで首を切る合図を送る。

     その意味がわかるかわからないか定かではないけど、合図を送らない

    ではいられない人の心が胸を打つ。

     

     いろんな映像で、貨車に積まれているのは着の身着のままの人々

    ばかりだと思い込んでいたけど、中には裕福なユダヤ人もいたことを

    知る。それらの人々は、豪勢な服を着て、貨車ではなく客車に乗って、

    やってくるけど、降りたとたん身ぐるみ剥がされて真っ裸、ガス室に

    直行、貧乏人も金持ちも平等だ。

     

     それ以外にも、ドイツの国鉄には正規の団体運賃が支払われてた

    とか、護送列車のダイヤは他の通常の列車運行と同じに組み込まれて

    いたとか、ホロコーストの証拠になるようなものは一切残っていない。

    ユダヤ人以外の人々の生活は普段通りでなんの変わりもない。そんな

    中、ユダヤ人だけのホロコーストが粛々と進行していることが怖い。

     

    改めて人間ってのはこういうもんか・・・・・な、店主でした。

     


    天皇に学ぶ日々

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       雑誌「噂の真相」で天皇についてのいくつかの疑問を持ち続けていた。

      昨年末に近所の神社の宮司さんが大喪の礼でTV出演したことを教えられて、

      すぐ直行し、著書を買い求め、後日教えを乞うことを快諾していただいての

      コロナウィルス騒ぎ。時期を失いつつも天皇について長部日出雄氏の著作で

      勉強中のワタシだ。

       

       貪るように読み続け、記紀とくに古事記がそもそもの大元なりと理解して

      天武天皇やら稗田阿礼やら教科書でうろ覚えの人名が次々と出てきて

      ナルホドね。そういうことやったんかいが次々で、そうなると噂の真相の

      疑問なんかそっちのけの歴史探訪に舵を切ることになった。

       

       これまで興の赴くままに全方位外交のワタシ。映画は日々遠くになりけり、

      先日なんか憧れのジュディ・ガーランドの伝記映画を見にゆき途中で退出

      するという怪挙に出てしまった。なんだ単に筋書きを追ってるだけじゃ

      んか、印象に残るシーンもなく、ジュディの狂気性も微塵も感じられない

      ことの故。藤沢周平も数度全集を読んじゃったし、音楽も左耳難聴になり

      音楽そのものやオーディオにも一時の熱は消え失せつつある。

       

       そんな手持ち無沙汰の日々に飛んで火にいる天皇だ。掘れば尽きない

      知識や故事のあれこれがたんまりあるに違いない。神話に隠された歴史的

      事実を解き明かす喜びは当分続くだろう。いや嬉しいこってす。でね、

      長部氏の著作の中で鹿児島の上野原遺跡を知ったワケ。遅いけどさ。

      いよいよ縄文かいってことだ。縄文は北から南に移動したなんて通説なんか

      知ったこっちゃないこちとら、桜島近くの丘から掘り出された上野原遺跡

      で生活していた縄文人が神と崇めた桜島、度重なる噴火にもめげず生き

      延びて北に向かった説に感動したわけよ。

       

       天孫降臨の高天原が高千穂峯、むろん高千穂峡もそこにあると聞けば

      行ってみにゃなるまいて。と、早速旅程を組み始める。まず、鹿児島に

      飛んでレンタカーで宮崎から最後は熊本から羽田のルートが良さげと

      一人パソコンで悦に入る。まったくもって大名旅行だな、これは。残り

      少なくなった人生、今興味のあることに湯水のごとく金を使うことを

      堪能しようではないか、のココロなのだ。

       

       さっき筒井康隆氏のブログを読んだの。氏の息子さんが亡くなり

      大阪へ寺参りの折、ホテルのスィートルーム、美味しい料理に舌鼓、

      もう歳だ、お金は冥土に持ってけない、だから目一杯使い切ってやる、

      なことが書いてあったけど、まさに我が意を得たりと膝を打つ、金額

      に多寡はあれども、だ。

       

       それはそれとしてわからないのは、出雲大社の存在だ。伊勢神宮と

      どっちが古いのかね。伊勢神宮は倉を模したもんだから米の存在は

      明らかだ。つまり弥生時代ってことなんだろ。それにしても伊勢神宮の

      洗練された建物群はどうだ? 一体誰が考えものなんだろう。比べて

      出雲大社はまるっきり違う。米倉なんかじゃない。雄大にして素朴、

      洗練とは程遠い。古代は今の三倍程度の高さなんだから櫓みたいな

      もんで遠くから見えることを目的としてるに違いない。海人族が建てた

      もんだろうと書かれているけど、どう考えてもその通りとしか思えない。

       

       稲作の弥生人とそれ以前の漁撈の海人族との対立が古事記の神話の

      下敷きになっているとある。ワタシの理解だけどさ。弥生に追われた

      縄文の行き着く先が諏訪地方だという説もあるしな。だったら諏訪にも

      行ってみなくちゃならない。青森も三内丸山遺跡もある。

       

       今だけかもしれないし、これが最後かもしれない私の興味の終着点

      は天皇に端を発した縄文弥生の歴史だったことに感慨にふけったり

      たりして。まさに汲めども尽きぬ世界の扉が開けたことは、幸いなる

      かなサモンなのだ。

       

      気は狂っちゃいませんぜ・・・・・・・・な、店主でした。

       


      何事も終わりはある

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         改装を思い立ってから数ヶ月、ようやく最後の難関、トイレのドアが完成。

        畏友T野井氏から、ふつうは家具の扉に使うヒンジ(蝶番)を使っちゃどうか

        とのご発声によろめいて、待つことしばらく。忙しい仕事が終わってから夜に

        来訪していただきありがたいこった。

         氏もデカくて重いドアに使うのは初めての試み、穴を開ける道具をワタシに

        見せたいってことでもあった。

         これがその治具。アルミの鋳物。いかにもガッシリ堅固でSMの道具を

        想起させる。挟み込んでピクッとも動かせないぞ

         手前が使用するヒンジ、奥に治具の刃物が見える。こんなんでグリグリ

        されたらさぞや痛かろうて

         

         さてと、全て整った・・・・・・・手術台に横たわるドア、居並ぶ

        ヒンジは10個。一枚のドアに2個のヒンジは難しくないけど3個だと

        いきなり難しくなるのは当たり前。取り付けの軸線がズレたら不具合

        が出てくるからさ。それが10個! ホントに全部うまく嵌合するの?

         墨出し線に合わせて治具を仮固定します。手前のノブをグイっと回せば

        ピクリとも動かない

         おもむろにドリルに六角頭のレンチを取り付けてここぞとばかり穴を

        開ける。直径4センチ程度の穴を開けるのは結構な力業だけど・・・・

         なんとか穴は開き、ヒンジを柱側に取り付け、いよいよそれぞれを

        合わせてみようってことになる。ここで畏友はしばし考察。先に穴に

        ヒンジを入れるか、ヒンジを柱側に取り付けた後に穴に入れるか?

        なんせ10個だからさ、うまく入らない可能性もある。で、結局後者

        を採用したわけ

         う〜む、うまくいったやないか。10個全てのヒンジは無事穴に着地

        できました。調整が残ってるとはいうもののここまでできれば終わったも

        同然だ。サンキュー畏友

         で、調整だ。夕方から始まった吊り込み、調整は翌日へ持ち越し、私の

        出番だ。困ったことに床が平らじゃない。手前に地下への点検孔があった

        んで盛り上がってるワケ。すでに取り付いているドアを外して削るなんて

        こたァできない。二人ならともかく一人で重いドアを持ちつつヒンジを

        次々と穴に挿入することなんかできっこない!

         

         考えられる方法はただ一つ。ドアを目一杯開けて床と接した面に鋸を

        差し込んでズリズリと少しづつ削ってゆく案だ。床面はコンクリだから

        間違いなく鋸はダメになる。でもさ替え刃式だからさ、ずいぶんと使った

        ノコだからさ、ここで死んでも悔いはないからさ、ご臨終を見届ける

        つもりでガリーガリーと削り切ること6〜7回。ようやく実用に差し支え

        ない程度までドアが開くようになりました。ハイ!

         

         ドアの吊り元はピッタリなれどもドア先?は2僂侶箚屬発生するも

        致し方なきことと心は平安だ。

         まんずハァ〜こんなもんでエエだろて。ノブの上にトイレの印が必要

        だな。

         

         で、使用感。開閉はいささか重い。普通の平蝶番は垂直の軸で回転

        するけど、これは10ヶ所だし軸は垂直ではない。だから重くなるのは

        やむを得ないことだ。しかしドアは軽けりゃいいってもんでもない。

        私が愛用するアンプ  ヤマハCA-2000のボリュームノブも結構な重さ

        (回す際の抵抗感)があるけど、それがえも言われぬ魅力でね。重さ

        =信頼感、安定感、高級感の証だと思えるワタシだからさ。

         

         このドアもそれに通じる思いがある。それに、友人が心を込めて

        くれたもんだし、隠し蝶番をわざわざドアに使うことのアホっぽさ

        がいい。効率化を目指す風潮に棹差すワケじゃないけど、完成した

        姿も大切だけどそこに至るまでの過程も大切だ。

         先を急ぐあまりつい急行に乗り換えてしまうことは、時間に

        追われる時間貧乏人のやること、過程を貴族的に楽しむことを

        忘れちゃいけません。

         

        次に控えしは申請書類か・・・・・・・・・な、店主でした。

         

         


        糸の切れた凧だな

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           ツマミな喫茶店計画は最終段階。なんせ締め切りがないから日々の仕事は

          遅々として、まるでワガママな幼児のようだ。唯一、依頼された茶箱の脚

          だけは納期があるけどそれとても充分に間に合う時間があるんで焦る必要は

          まったくない。なんとなく完成してしまうんだ。

           締め切りがないことはプレッシャーがないストレスもないということ

          だけど、区切りの一服や切羽詰まった後の達成感がなく、ただ時間がダダ

          漏れ状態で過ぎてゆくのがいかにも気持ち悪い。余生を楽しむことに

          未だ慣れないアタイだ。みんなはどうしているのんだろう?

           

           先日、元監督の野村克也氏が亡くなり、その後筒井康隆氏の息子さんが

          亡くなったことを知った。ノムさんは中学生の頃からの大ファン、たまたま

          カミさんの実家が彼の実家の隣町だったし高校も同じだったのよ。一度は

          娘と一緒に市役所の片隅にある記念ブースを見に行ったことがあってね。

          私がTVで応援していた頃のトロフィーや盾を見て、感慨に耽ったんだ。

          思わず、映画「フィールド・オブ・ドリームス」みたいだな、とね。

           

           筒井氏の息子さんは一面識もない。唯一、「聖痕」の挿絵で知ってるだけ。

          氏のブログで訃報を知ったんだけど、悲しみに溢れる文面に心を打たれる。

          もし私の息子に先立たれたらどんな気持ちなんだろう。死ぬまで悲しみ

          は消えることはないだろうな、自分の感情をコントロールできるんだろうか?

          そんな気持ちを抱きつつモノ作りなんかできるんだろうか? 前向きに

          日々を過ごすことなんかできるんだろうか?

           

           御二方いずれも私にとっちゃ大切な方でね。ほぼ同じ時期に訃報に

          接するとこんなワタシだって物思いにふけようってもんだ。

           で、3月2日に71歳となったワケ。長生きってほどじゃないけどさ、

          これまで生きてきて感心したり笑わせてもらったり学ばせてもらったり、

          そんな方々が亡くなってゆき、気がつけば見知らぬ人ばかりな感じ。

          死ぬのはイヤだけど、だからといって見知らぬ方々の中で一人ポツネン

          と過ごすってのもどうなんだろう。

           

           若い時は、周囲はみんな年上、仰ぎ見るような逸材がゴロゴロ、

          見ること聞くこと目新しいことばかり発見ばかり、そりゃ新鮮なコトが

          満載だった。今は、みんな年下で、逸材はゴロゴロしてるんだろうけど

          年下という偏見が認めることを許さない。っていうかハナっから好奇心

          の対象にはならないと思い上がりも甚だしいココロ。ウ〜ムなんだ。

           

           ならばとモノ作りに励めばいいじゃんと思えども肝心なやる気が一向に

          湧かない。いや、どーにも困った、これじゃ糸の切れた凧だ。あ〜ぁ、

          そしてヌ〜ゥ。私の好奇心がなくなるなんてこたぁないだろけどさ。

          こうなったら好奇心が湧く「なにか」に出会うまで、TVドラマ「ER」

          を見続けますか。

           

          みんなど〜しているのかね・・・・・・・・な、店主でした。

           

           


          カフェ化の結論

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             ツマミの店を喫茶店にしよう化の結論が近づいてきた。

             なんせこれといった締め切りがないから、歩みは遅々きわまりナシでね。

            でもなんだな、チョッピリでも進んでゆけばいつかは終わるの格言?通り

            もうこれ以上手を入れるところがなくなりつつあることは幸いなるかな

            サモン。

             

             来店した方じゃなけりゃわからないだろうけど、改装前はこうなって

            おったのだ。

             アングルが違うからわかりにくいけど、こうなったの。小さな

            カウンターを作り、手前にキャスター付きの書棚、上は宙吊りの棚、

            右はトイレという按配。この奥はて〜と

             流しと作業台と食器棚と手洗い器と極小の冷蔵庫と蛇口が2個。

            作業台には塗装中の商品があるけど、ここでコーヒーを淹れる役目もある。

            残る問題は食器棚を引き違い戸にすること。現状は片面の扉が左右に動く

            だけで密閉できないのだ。これじゃ保健所の許可が下りないんですわ。

             トイレの扉です。これまで使ってたのを転用、丈は継ぎ足し幅は切断。

            もともとが白い扉だったんでさらに白ペンキを上塗り。それだけじゃ

            いくらなんでも能がない、いつものマグネットで写真ピラピラと相成る。

            マグネットにゃ鉄がいる、でも単なる鉄ビスじゃ能がない、鉄ワッシャー

            を真鍮ネジで留めたのはどうかと。まぁまぁいいんじゃないっすか。

             扉を開ければトイレ、当たり前だのクラッカー(古いなどうにも)。

            なんたって狭いからね、苦労しましたわい。

             既存の貯水タンクの上に天板、それを支えるのは左下の箱状収納。

            狭すぎて手が入らないんだ。右側は手洗い器。ネットでカッコ良さげ

            な器具だけ買ってなんとかなるだろと素人配管したものの盛大な洪水

            に仰天し、速攻プロに頼んでしまった。あな恐ろしや水害の後始末。

             しつこいか?しつこいな! でもさ、改装で一眼痛い目にあった場所

            だからさ、許してくんろ。手洗い器に付属してたフレキパイプの繋ぎ目

            のゴムパッキンがヤワすぎて何度やっても漏水がおさまらない。う〜む、

            ようやくパッキンを硬くて大きめのものにすればいいと気づき、口径に

            合わせてちょん切って、めでたしめでたし。

             多分、この手洗い器は海外製、器具とパイプは問題ないけど、繋ぎの

            パッキンは要注意でっせ。

             

             残る大きな工事は、トイレの扉の取り付けだけ。ここは畏友T野井氏

            の登場、一般的な平蝶番ではなく家具用のスライドヒンジがみっちり

            並ぶことになる。なんたってこの扉重いからさ、相応の数量が必要

            なんだ。その甲斐あって表からは金具が見えない、さらにヒンジ自体

            で閉まる構造とあっちゃ期待はいやが上にも高まろうってもんだ。

             

            今日の話は昨日の続き、今日の続きはまた明日・・・な、店主でした。

             


            天皇制

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               闇夜の牛如き遅々とした歩みの改装、終わらない仕事はナイの法則通り、

              いよいよ終末期を迎えそうだ。数日前、ようやくカフェに供される机が

              出来上がり、今日は水道工事なのダ。

               狭い店にいささかデカ過ぎるテーブル、そう思わないでもないけど、

              地下で使ってた天板を転用、区切りがいいサイズでこうなった。

               区切りって〜のは、この左側。右は恩師からいただいた年代物、

              左は、後からのものを二枚組み合わせている。写真で見ると実物より

              グッと良くみえるなぁ。

               脚だ。業務用のキャスターむき出しで、どうなんだろう? いいのか

              悪いのかさっぱりわからない。ホントなら小洒落たのを使うんだろう

              けどさ、肝心なところで横道に逸れるのが好きなんだから仕方ない。

              ま、出来上がったんだから、これでよしとしよう。

               

               今日の水道工事を前にしてってことではないだろうけど、昨晩ふと

              目覚めて眠れなくなり、やむなくしばらくの読書。長部日出雄『天皇

              の誕生ー映画的「古事記」』。というのも、昨年末に床屋で近所の

              六所神社の宮司さんがかなりの方で天皇継承の時にTVで解説してたと

              聞き、おっとり刀で著書を買いに行き、天皇のことについて教えて

              いただきたいとお願いしたら快諾してくれて、まずは何を聞きたいか

              メモしておくれ、と言われたんだ。

               

               とういうのも愛読していた「噂の真相」で、天皇の代替わりの

              秘儀や結婚の際の秘儀を知り、それってホントなの?  が長い間

              大きな疑問だったのよ。こんなこと誰に聞けばいいのか、思案投げ首

              だったけど、大学の教授もやってたホンモノの宮司(そういう言い方

              も変だけど)なら相手にとって不足はない、っていうか良すぎ凄すぎ。

               質問をメモするには、まずは資料をということで、この本に突き

              当たったワケ。

               

               天皇といえば、なにをさておき記紀だろ。漢文の日本書紀に対し

              日本古来の言葉を苦労して漢字に当てはめた古事記、ヘェ〜そう

              なんだ、そんなことも知らないお子ちゃまど素人なアタイ、愈々

              ことの真相に近づける喜びに打ち震えているとこ。いや、マジで。

               

               古事記の編者は、太安万侶だけど、元明女帝から命が下ってから

              僅か4箇月余りで、あれほど壮大で複雑な神話や伝説や歌謡の種々を

              天地の開闢(かいびゃく)を告げる有史以前の遥かな時代から、

              推古天皇の時代(6世紀末〜7世紀初)に至るまで、大河のように

              貫き通して流れる基本の筋に引き絞り、首尾の整った物語に仕立て

              上げることが、果たして可能であろうか。というのが長部氏の疑問。

               

               真の編者が他にいるのではないか? その候補として考えられる

              のは稗田阿礼だ。そこから始まるんだけど、なんといっても分かり

              易い、分かり易過ぎる! スラスラ読めるし筋道が通っているから

              納得できる。ウ〜ム、長部日出雄恐るべし。

               

               これを底本として、宮司さんに聞くメモが出来そうだ。久しぶりに

              ワクワクしますよ、これは。

               

               平民の正田美智子さんと結婚した上皇、雅子さんと結婚した天皇、

              TVなどで見る彼らの人柄や行動と宮内庁や宮家などの守旧派の齟齬

              に違和感を感じていたワタシ。この違和感は果たしてワタシだけの

              ものなのか?  明治時代に始まった政府や軍部の方針の故なるもの

              なのか?  神道に精通した本家本元に教えを乞うのが最も良い方法

              でしょう。

               

               歩いて数分の六所神社、教えを乞う場は、改装したワタシのカフェ

              になるだろう。他に誰か聞きたい人がいたら一緒にどうぞ、って

              言われたけど、こんなことに興味津々な方いるのかしら? 唯一、

              町会長だけか? このブログ読んでいる方で好奇心が疼く方が

              おられたら如何でしょうか?

               

              噂の真相VS六所神社の宮司様、こりゃ面白いぜ・・な、店主でした。

               


              暮れも正月も新味なし

              0

                 これといってな〜んもなかったなァ、暮れも正月も。寄る年波のせいかね、

                早い話が飽きちゃったのかね。TV観ても知ってる人ほとんどいないもんな。

                長生きするったって、知ってる人がいてこそ寿がれるもんだろ。

                 

                 で、喫茶店改装中。ブログで調べたら2ヶ月以上も前に志を立てて、以来

                やってるつもりなんだけど、一向に進まない、ったく腹が立つ、自分で種を

                蒔いておきながら、あまりの捗らなさに、イラつたりして、なんてこったい、

                オチもない話でさ。

                 

                 今日はテーブルの脚に勤しんだ。

                 これが主天板。恩師(マジな)が引越しするんでの頂き物。座卓だった

                けど、脚を切り、地下で使い、いよいよのお出ましというワケ。

                 支える枠はずいぶん前に出来ていた

                 そしてこのキャスター。年末に大掃除してたら出てきたのよ、これが。

                畏友T野井氏からの頂き物を野外放置して何年になるんだろ。確か締める

                ボルトが薄すぎて外せなかった。ちょっとデカイと思ったけど、放置歴

                数年だからな、使ってくれ〜の叫び声が耳にイタイ

                 こんな脚作ってみた

                 仰げば尊し脚端部分、受ける座金がはみ出とるやないか、いつも通りの

                計算違い、ハテどうせよう?

                 解決するには、これっきゃない、足りない部分を緊縛処置

                 いいんでないかい、けっこう

                 側面からは、こう見える、神は細部に宿る、ナンチテ

                 反対側からは、こう見える、キャスターが見えない! と言いたいとこ

                だけど、向こう側は裏から丸見えだい

                 

                 明日には組み立て上がる、楽しみだなぁ〜、早くこのテーブルで茶して

                喫煙したい、でもって音楽聞きたい、早くこいこいお正月の気分

                 

                今日も炎鵬が勝った、エガッタっす・・・・・な、店主でした。

                 


                なぜか繁忙なのダ

                0

                   11月某日、町会の旅行で御岳山へ。今までのオレならこんなのには絶対に

                  参加しなかったんだけど、どうした風の吹き回しでしょう? 歩いて数分の

                  バスの集合場所へ行ったら総勢21名なんだわ。町会に参加し始めておよそ

                  一年、顔見知りの方々なれど話したことはあまりなくちょっと緊張するんだ。

                   しかし案に相違して、時間とともに場は和み、会話も途切れることもなく

                  楽しいひとときを過ごさせていただいた。う〜む、団体旅行も悪くはないな。

                   

                   その前後、なぜか来店するお客様が増えてね。増えたと言っても一日一人

                  程度なんだけどさ。以前、東急沿線のフリーペーパーに掲載された影響

                  なんでしょうか。その中のお一人様が持ち込んだのがコレ

                   なんでも知り合いから入手したらしい。薄い陶器のボタンだ。聞けば

                  ウィリアム・モリスがデザインしたものらしく、コレをなんとかツマミに

                  できないものかとのご注文。ちょっとだけ考えてなんとかなるだろと

                  引き受けたワケ

                   使おうと思ったけど使わなかった塊を使っちゃえ。ブビンガだ。

                  勿体無い気はするけど、こんな小ちゃな部材使い道はないに決まってる。

                   あっという間に出来上がり。ま、ここまではすぐできる

                   取り付けるための埋め込みナットで早くも障害発生。木が硬くて

                  ねじ込む途中で締め込む六角穴が崩れちゃう。やむを得ない、最後に

                  残った出っ張りを板ヤスリで削る。なんたってちっちゃいからうまく

                  削れないのよ。トホホ。

                   位置合わせのために目印をつけるためにテープを貼り

                   仮押さえのために両面テープ。だけどザラザラな陶面だから全然接着

                  できないんだ。ってことで即座に撤退

                   一応、位置は合わせて手で押さえて下穴を開ける

                   というのものも、ボタンならば穴をなんらか見た目だけでも糸が

                  通ってるようにしたいじゃないっすか。糸は細すぎるから革紐にしよう、

                  とわざわざユザワヤまで出向いて丸紐を買い求めたのだ。ボタンの裏側

                  に少し紐を出し、木部に大きめの穴を開け、そこに紐を入れてボンドで

                  くっつけちゃおう作戦。ということで位置合わせが必要なワケなのよ。

                   二液性ボンドをヌリヌリ。もちろん、広い面にも

                   革紐を押しつぶさないように押さえ治具を作り

                   ボンドがはみ出していない確認しつつ、薄いボタンを壊さないように

                  しつつ、指先で慎重にクランプで圧着する

                   出来上がったのがコレだ。見映えはなかなかのもんだけど、あいや〜

                  ボタンにヒビが入ってるじゃないか! 締めすぎだ! でもなぁ、

                  コレが精一杯だもんなと一人納得。お客様にも事情を説明して理解して

                  いただいてホッとしたんでさあ。

                   

                   一連の工程は時間はかからなかったけどさ、細かく気を使うこと多し

                  でね。発端になったフリーペーパーの取材のときに、どうせあんまり

                  お客さんは来ないだろうからと一個500円でツマミを作れることに

                  しようと簡単に決めたんだけど、案に相違してけっこう来るんだ、

                  コレが。だからこんだけ面倒な仕事でも一個500円、総額2000円

                  ポッキリだ。畏友T野井さんに知れたら頭コツンされちゃうだろうな。

                   

                   ツマミを渡すときにお客様は「父が先年亡くなり、愛用の三脚を

                  使ってテーブルを作りたい」と言うんだ。木工設備があるって聞いた

                  けど、そういうのは作れるもんでしょうか? と。場所貸しは本意

                  ではないけど、父の遺品となれば話は別、とにかく材料をめっけて

                  からの話、天板の見当がついたのちに、どっからでも掛かって

                  らっしゃい、とまぁそういうことでの一件落着なんだわさ。

                   

                   最近は炎鵬にゾッコン・・・・・・な、店主でした。

                   


                  ないのなら自分で

                  0

                     きのう近所の床屋に行ったんだ。ごく若い時分に行ってたけど、自由が丘へ

                    移り青山に移り、結局元に戻ったんだわさ。店主はHらかわIチローしゃんじゃ

                     こんな人だ。

                     でね、昨日彼はお休み息子のTくろー君の世話になった。店主が町会長

                    の任なんでTくろー君もなんやかや手伝わなくちゃならない。先日も区報

                    のことで行ったら親子揃って膨大な区報の仕分けに勤しんでタノよ。その

                    様が面白くって、髪切られながら話してたんだ。つい最近も、Tくろー君

                    ともひとりで町内にある飲食店を飲み歩くイベントを催して好評だった

                    なんてことにも話は及んで、楽しいひとときを過ごしたの。

                     

                     髪を切り、洗髪し、髭をあ当たってもらい、ふと「町内にどんな店が

                    あったらいいと思う?」と聞くわけ。ちょっと思い巡らせて、喫茶店か。

                    もうちょい思いついたのが古本屋かなとね。言ったわけよ。以前は本屋

                    もあったし、もっと昔は貸本屋もあったわが町下丸子なれど、そういう

                    のは全然なくなったもんな。そこで思いついたのは「ないのなら自分で

                    やればいい」ということでね。ちょうどファクティオを喫茶店にしよう

                    と娘の旦那に見積もりを頼んだ矢先だったもんで、古本屋も兼ねちゃお

                    って思ったんだ。

                     

                     長らくツマミ屋として在ったわけだけど、今夏自作の展示会をやった

                    時に数人の方から「喫茶店にしたらいいのに」と言われてね。自分でも

                    そう思ってたけど、なかなか踏ん切りが付かずにいたんで、いい機会だ

                    やってみるかと思ってね。

                     喫茶店なら本がいる。ひとりフラッとコーヒーを飲むんならしばし

                    何かしら気晴らしというかそういうものが要る。それが私の持論。

                     ってことで、天井近くの棚に死蔵してた「噂の真相」を手近に置いた。

                    およそ20年分だから、当時の世相がわかるし、何よりも記事がおもろい。

                    その左にはVHS、

                     いまどきVHSかい! そう問われることは百も承知だけど、DVDに

                    なってない映画も結構あってさ、特に日本映画はその傾向が強いんだ。

                    いまどき日本の古〜い映画なんて観る人いないだろ! そう問われる

                    ことも百も承知だけど・・・・・・・・ネ。

                     

                     ま、ここまでは単なる空間移動だから大したことじゃない。問題は

                    喫茶店化のためには厨房とトイレを新改装せにゃならん。厨房は、ここ

                    しかない

                     左側に流し台、手洗い器を設置し、給排水の設備を施さなくてはならん

                    のだ。右側はトイレなんだけど、扉の位置を変えなくてはならず、古い扉

                    はそのまま殺して、別方向に新規の扉をつけるって具合だ。

                     さぁ〜てと、いきなり間仕切り壁を取り壊しにかかりましょう。右だ。

                    これ作ったのはいつだったかな? およそ20年くらい前かな? 自分で

                    作ったけどすっかり忘れてる。薄いベニヤをバリバリ剥がし、ふ〜ん

                    こうなってるんだ、お金がなかったからそこらへんの材料で、なんて

                    やっつけ仕事なんだ、壁とそんな会話をしながら作業に励む。

                     

                     この年頃になるといろいろ考えるのよね。あと何年生きられるん

                    だろうか、とかさ。いつまでもいまの状態が続くなんてこたぁない、

                    地下の工房で仕事ができなくなる日も来るだろう。現に左耳が難聴に

                    なってからというものオーディオとはすっかり疎遠になっちまったもん。

                    身近にあったものが次々となくなってゆき、出来たことができなくなる

                    のは、小津さんの「晩春」でオセ〜てもらったことだしな。

                     その「いつか」に向けてってほどじゃないけど、むざむざ座して待つ

                    ってのはアホみたいだもんな。地下に降りられなくなったら、一階の

                    店にいるっきゃない。ただじっと居るなんてことは出来ないからね。

                    いっときヒマを持て余さずに居られる心地よさみたいなもんを考えて

                    みるのも面白いじゃないか、みたいな。

                     

                     ってなこと考えつつ・・・・・・・・・・・な、店主でした。

                     


                    ラグビーで思い起こすこと

                    0

                       2011 FIFA女子ワールドカップ・決勝。対アメリカ戦で延長後半、宮間選手

                      のコーナーキックに澤が合わせて同点ゴールになったっけ。もう8年も前の

                      ことだ。結局PK戦で勝ったんだけど、あの宮間と澤のゴールを見たその時、

                      こんなことは二度と起こらないだろうと私は思ったんだ。予想通り、その後

                      の日本女子サッカーは凋落の憂き目、あれが最高だったとなりにけり。奇跡

                      なんて言葉はもはや使い古されて価値が下がりっぱなしだけど、あれこそ

                      「奇跡」だと言えるもんだ。マジで。

                       

                       さらにもう一つ。まだソ連が崩壊する以前、冬季オリンピックでアイス・

                      ホッケーの決勝戦、ソ連 VSカナダ(だったな確か)、こんな古いこと

                      誰も覚えちゃいないだろうけど。このときのソ連の強さは圧倒的でね、

                      素早いパスは気持ちいいくらい決まる、まるで精密機械みたいだ。

                      カナダは手も足も出なくって、お子ちゃま扱い。胸がスーッとする試合

                      っぷりは今も私の記憶に残っちょるだわさ。

                       

                       で、ラグビー。日本チームはまさに手に汗握る試合が続いて、ムリだと

                      思ってた決勝トーナメントに進出ときたもんだ。まさかのオンパレード、

                      こんなこと二度とないだろうの連続だ。なんたってパスの瞬間なんか

                      スローで確認できるぐらいの早さだし、パスを受ける場所に馳せ参じ、

                      パスされた球を空中で受け取ったり、手でたぐり寄せたり、全力走り

                      ながらやるんだから、これは奇跡と言って差し支えないだろ。

                       

                       しかも、その奇跡なパスが毎試合出現するときた日にゃ、一体

                      どうなっているのと訝しい気持ちになるのは私だけではあるまい。

                      まるで体操の白井のひねりかサーカスだ。

                       

                       それはそれで楽しめればいいんだけど、そうはゆかないイカのキンタマ。

                      これが最高かもしれない。あとは下がりっぱなしなのかいな。行く末を

                      案じるのは早すぎ? でしょうかね。早過ぎだろうな。なにもそこまで

                      考えることもあるまい。そんなこっちゃ肝心の今を楽しめないじゃん!

                      はいはい、ごもっともでゴザンす。

                       

                       今が最高地点? と思うことは、この歳になるとけっこうある。

                      ミュージカルの最盛期は過ぎた。時代劇然り、西部劇然り。勝新と田宮の

                      名コンビ「悪名」、雷蔵の「眠狂四郎」、藤沢周平や山田風太郎の小説、

                      コント55号やダイラケ、もう二度と同じレベルで楽しむチャンスは訪れない

                      に決まってる。あらゆるものは最盛期を過ぎて下降線をたどるしかない。

                      若い時には気がつかなかったそんなことが気が付く歳になった。あぁ、

                      歳を取るってことはこういうことなんだ、みんな通ってきたんだろって

                      つくづく思うワケでね。

                       

                       月日が経てば歳を取る、のは分かっちゃいるけど、私を楽しませて

                      くれた人が亡くなり、それらの作品以上の楽しみをもたらされることは

                      なく、つまりは時代から取り残される憂き目に遭い、ふと気がつくまでも

                      なく死が近づいている。「サヨナラだけが人生だ」の言葉が心に染み入る。

                       

                       しかし暗いなぁ。これも大映の影響か?

                       

                      ラグビーを熱中観戦しつつ心は別の方向に・・・・な、店主でした。

                       



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