家具専攻なくなるってよ!

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     辞した専門学校の友人講師から連絡があって、きのう会ってきたんですわ。

    つまり、こういうことでね。

     

     私が長いこと教えていた家具専攻がなくなることになってね。このままで

    いいのか? 卒業生達がなくなったことを知って「えっ!」「そうだったの」

    「知らせて欲しかったな」みたいなことになったら、なんだか切ないし責任

    感じちゃうじゃん、だからさ一応告知して、専攻の送別会みたいなことを

    したい人が集まったらどうだろうか、自分も声かけるけど村越さんにも

    声かけて欲しい、と。

     

     そう言われてもなぁ、卒業生のデータは辞した時に全部廃棄したし、

    メールで連絡できるのは2〜3人だし、facebookやってないし、SNSと

    やらはなんのこっちゃっていう始末だから、声のかけようがない。もしも

    集まろうかとなったとして、どこで集まるとか、飲みの場所とか決めなくちゃ

    ならない。それより何より過去にまったく興味のない私、同窓会の手合いには

    参加したことはほとんどない。

     

     でもなぁ、友人講師の気持ちも痛いほどわかる。友人講師の中で辞する

    ことを伝えたのは二人だけ、その一人だしな。友人が思うことは私自身の

    心の中にも皆無ってことでもないから、無下に断ることもできない。

    できるだけのことはやってみましょうと約の束をして別れたんだ。

     

     それにしても、東京デザイナー学院のプロダクト科の家具専攻はおよそ

    30年の歴史があるけど、こうも簡単になくしていいのかしら。ま、なくす

    にはなくすだけの理由があるんだろうし、カンタンに決めたワケじゃない

    んだろうけど。でもなぁ、昔々、ある会議で、東デは給料は安いけど、学生も

    いいし講師仲間がいいから教えているんだ、みたいな発言があってね。

    人情味もあったし、仲間意識も強かったけど、それもこれも儲かっている

    中でのことで経営が厳しくなれば霧散するってことなんだろう。

    とかなんとか思っても所詮は人の褌で相撲とってるワケだから詮方なき

    ことなんだけど。

     

     もしもこのブログを読んでいる卒業生がいたら、もしも家具専攻が

    なくなるに際して「このままなんにもしないのもなんだかなぁ」と思う

    方がおられたら、連絡していただけることを願っています。

      連絡は、h-muramura@ac.auone-net.jp か 03-5741-5167まで

     

    栄枯盛衰、感慨もいささか・・・・・・・・・な、店主でした。

     


    はて? はてなの家具は??

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       きのうのタイトル「はてなの家具」、まったく違う内容になってスマン

      こってす。記事を書いている途中、メールが来て、読もうとしたら、慌てて

      キーボードを打ち間違え、気がつけば記事消失、なんてこったい、また

      やらかしてしまったじゃないか。

       ゲンナリして前説を変えようと、メダカと野鳥の餌台を撮影し、書き

      始めたら止まらなくなり、結果あのように・・・・・・なり申した。

       

       しかたない、また書こう、とはいえ同じことを書けようはずもない、

      なんたって素人だから、一気呵成に書くことしかできないんだ。

      ってことで、

       はてなの家具、作品発表のお知らせでさあ

       

       今年になって週一回の非常勤講師を辞し、時間はたんまりある。

      が、それに反比例して指先は震え、突発性難聴は継続中。難聴といっても

      まったく聞こえないってことじゃない、1000Hzから2000Hzの間だけが

      聴力落ちてて、それ以外はほとんど戻ってる。でも、この帯域は普段に

      聞くのに重要でさ、好きなオーディオに甚大な影響があるわけだ。

       慣れるに従い、どうやらステレオよりもモノラルの方がよろしいこと

      がわかってきた。けど、手持ちのソフトはほとんどがステレオ、モノラル

      に変換できればいいけど、名機DENON PRA-2000Zには変換機能なんか

      ない、うーむ、慣れるしか手立てはないのか?

       

       そんなこたぁ関係ない、はてなの家具に戻ろう。

       

       10作品が完成し、お披露目でもしようかとDM作って、発送したのが

      おととい。住所がわからない方々にはメールで、それ以外の奇特な方には

      ブログでお知らせしとこと思ってね。10作品の内訳はって〜と、

      :ご明察!イスだ :いわゆる帽子掛けの類い :植木鉢スタンド

      とも言うべきか : 屑入れ角型らしい :これも屑入れ、低丸型ダス   

      :さらに、高丸型もあるとよ なな:メモ&写真パネル、極小マグネット

      でね :ランプシェードだもんね ここの:一輪挿しのようでもある   

      とを:カードスタンド、照明付きだきゃーも            

       

       M画像にひ、ふ、み・・・・と番号をふって、使い方をご案内。

       1、2、3・・・・の方がわかりやすいけど、なんとなく和算にして

      みたかったの。写真と文字を合成した画像を載せようと試したんだけど

      うまく行かなくてね。こうして別々になると、どれがどれだかまるで

      推理ゲームだな。

       

                            はてな の 家具  初回

         つれ連れな 日々の中での 手慰み 旦那芸とは 言えぬものかし      

       

             2019.7.17(水)ー31(水)

             open 11:00〜19:00

       

         FACTIO ≡ ファクティオ  大田区下丸子3-21-13

          03-5741-5167   http://factio-tokyo.com

       

         東急多摩川線 下丸子駅下車 歩5分 迷子になったら電話して下さい

       

       DMの片面。地図を入れたかったけど私のMACの基本ソフトじゃ

      ぜんぜん描けないんだ。なんて不親切な案内状なんだ! でもな、

      描けないんだからしかたないさ〜。せめてもと、迷子案内で

      ご勘弁いただければ、幸甚に候。

       

      ご用とお急ぎでない方、如何でせうか・・・・な、店主でした。

       


      はてなの家具

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         梅雨真っ盛りな東京、今日も雨でけっこうな日和だ。別にどこかへ出かける

        こともないから雨でも晴天でも関係ない。なんだかそう言っちゃ身も蓋もない

        話だけど。もっと自然を楽しまんかい!

         

         ま、強いて言えば、

         メダカの餌やりがしづらいことかな。あれ? しずらいかしづらいかどっち

        だったっけ?? それにしても水草が元気で困る。最初2株買ったのが失敗

        だったな。どんどん育って捨てるわけにもゆかず、別の鉢に移したけど、

        すでに満杯だもんな。水草だけ育てるのってどうなんだろう? そんな

        常識にとらわれること自体間違ってる?

         

         そして、

         鳥の餌やりにも影響がある。我が家のトイレの窓外に作ってあげた餌台。

        毎朝、手を伸ばせば水の交換と餌の追加ができるという優れモノ。いちいち

        外に出ての餌やりなんか不精なオレには到底無理なことは委細承知だから。

         

         一番初めは屋根なしにしたんだけど降雨で餌が池みたいになっっちまい、

        慌てて四方に柱を建てて屋根板をこさえたんだ。でも、それだけだと

        鳩は来るはオウムは来るしで、餌も一気に食べつくされちゃうし、脚で蹴り

        散らかしまくって、すぐに空っぽになっちゃうんだ。

         

         差別はしたくないけど、小鳥だけにしたいというので竹で格子を組んだ

        のよ。これくらいかなと間隔4センチくらいにしたら、鳩は入れないけど

        オウムは入れるんだ。しかも、窓開けた時にオウムは大慌てで飛び出そう

        とするけどにわかには出れずバタバタ状態。これじゃ返って可哀想じゃん。

        ってことで間隔を詰め、これでようやく小鳥だけになり餌も飛び散らず

        減りもまぁまぁ、メデタシメデタシ。

         

         我が家の裏(餌台の向こう側)は、農家で広大な屋敷には木々が生い

        茂っているのよ。むろん鳥たちも多く、時折ウグイスの鳴き声も聞こえ

        たりするときもある。今さら小鳥を飼おうという気はないけど、自然の

        野鳥の鳴き声を身近で聴いてみたいじゃないっすか。ねぇ。そんな願い

        などこ吹く風、来るのはスズメだけで良き声は一向に、ってな具合。

         

         多分、餌が違うんじゃないか、昔メジロを飼った時はすり餌だった

        からな。小松菜だったかな。微粒な豆じゃダメか? 世の中そうそう

        思い通りには行かんのよ、ちいちいパッパと囀る雀で良しとしなけりゃ

        バチが当たるってもんだ。

         

        そういやガマガエルがまだ出てこないな・・・な、店主でした。

         


        貴族的ココロ

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           以前、とある本。映画にしろ小説にしろ読者や観客は「この先どうなるの?」

          と、ついつい先を読むことに忙しく、文章や行間、今観ている映像を楽しむ

          ことができない。それはまるで「先読み乞食」のようだ、と書かれていた。

          なるほどなァ〜、その通りだなぁと膝を打ったアタイ。以来、その時その時

          の今を楽しむ貴族的な心をできるだけ忘れないようにしたいもんだと願って

          来たんだ。

           

           またある時。若者は将来を杞憂し、老人は過去を懐かしむこといと多し、

          肝心の今は一体どこにあるの? と叱られたこともあった。昔日、ラジオ

          で「今日の話は昨日のつづき、今日の続きはまたあした」と語られてた

          ように、今を楽しむことがまずありき、それが未来に続き、思い出として

          過去に積み重なるもんだ。

           

           そんなココロで作品作り。懸案だった帽子掛けの脚がようやく完成した。

          木だけで一応のかたちが出来上がってはみたものの何か物足りないんだ。

          使うってことでは問題ないんだが、これでいいのか?

           細くて見えないか? 下の土台、上のポッチリ、間をつなぐ棒が今回の

          現場だ。今さら木をなんとかすることはできない。布を巻いてみるか?

          まぁまぁの出来上がりだけど、

           布の縫い目がこれじゃネ

           出っ張りのとこは、ご覧の通り。これじゃいかになんでもイカンだろ。

          縫い目が、網タイツのように色っぽく仕上がるかしら? 当初の夢は見事に

          打ち砕かれる。

           

           さてと、棒全体を張り包む案はダメと判決が下り、ならばひも状にして

          螺旋に巻き付けるのはどうだろう? 同じ布を2センチ巾のベルトに縫って

          巻いてみる。柄がほとんど見えない。一枚の布なら柄はわかる、けど細く

          した上に斜めに巻いてしまうと柄はなんだかわからない。う〜む。

           

           下二ヶ所、上4ヶ所の出っ張りを避けてうまく布を巻くようにしたい、

          そのためにはやっぱり螺旋で巻くしかないだろ。はて、ベルト状の布を

          どうしたらいいのやら。う〜む。

           細い帯状の布らしきものが欲しいんだ。布でダメなら皮革でどうだ?

          手持ちの古い皮革を縫ってみたけど厚すぎる。しかも色も問題だ。う〜む。

           

           ふと思い出したのがリボン。たしか日暮里にあったな、リボン専門店が。

          思い立ったが吉日、雨中早速駆けつける。この辺りだったぞ、探すこと

          しばし、

           店を見つけて、あれこれ悩んだ末にコレを購入。1m300円也を9m。

           

           二重らせんで巻くことはハナっから決めていたんだ。でもさ、二重らせんを

          1組にするか2組にして交差させるかやってみなくちゃわからない。

           最大の難関、上部の出っ張りをいかにしのぐか。らせんの間隔が自然に

          流れるように、角度を変え、時間を惜しまず、貴族的な心を胸に秘めて

          試す。この過程で交差する2組の二重らせんは到底無理なことがわかる。

          けっこうな時間の末に、これでいいだろ。

           決まった部分をズレないように真ちゅう釘で固定。これもなかなかな作業

          でね。木が固くて釘が打ち込めないんだ。わかってたけど10ミリの釘は

          短すぎて指で支えられない。やっぱりというかドリルで小穴を開けて、

          そこに釘を差し込んでハンマーで打ち込み続ける。で、完成という次第。

           

           木で本体が出来上がってからどれくらいの時間が経ったのだろう。

          いつも考えてたわけじゃないけどさ、それでも気にはかけていたのよね。

          二転三転の末に出来上がった帽子掛け。こうしたかったわけじゃない、

          こうなってしまった帽子掛け。みんなの反応が楽しみだ。

           

          で、お次はプランタースタンド?・・・・・・・な、店主でした。

           


          最高の助監督

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             一週間の入院中、外出まかりならぬ、昼間のTV番組は耐えられない、

            となると読書しかない。休憩室の書棚、小林信彦めっけ、読んだ本だけど

            背に腹は変えられない。その中に日本一の助監督の一文。

             

             黒澤明のお墨付きの助監督とは野村芳太郎だ。誰かの推薦で判断するのは

            好きじゃないけど、黒澤明となれば話は別だ。そのことが橋本忍の「複眼の

            映像」に書いてあると。しかもページ指定まで。そうなりゃ読むっきゃない。

            退院してすぐに図書館で借り出す。その部分を抜粋してみた。

             

             ある日、野村さんと一緒に銀座のヤマハホールで、スピルバーグの

            『ジョーズ』の試写を見、終わると近くの喫茶店でコーヒーを飲んだ。

            だが二人とも暫くはなにもいわない。やがて私が

            「出来のいい映画ですね」

             野村さんは大きく頷いた。

            「全部OKカットで繋いでいます」

             私は黙って頷いた。その通りである。

             

             映画を見る場合の私は、ごくありふれたファンの一人にすぎない。

            だがどこかに職業意識があるせいか、画面には時折NGカットも見受けられ、

            一本全部がOKカットで繋がっている作品は滅多にない。俳優さんの限界、

            予算の限界、時間の制約などで、元来ならNGカットだが、止むを得ず

            OKにせざるを得ないものがどうしても入りこんでくるのだ。

             だがジョーズの場合、私にはNGカットが見受けられない。例えば桟橋が

            鮫に引っ張られ水中に消えてしまう印象的なシーンがあるが、これらは

            一発OKでなく、五回も六回も桟橋を作り直し、スピードを変えて行われ、

            その中からこれがOKといえるカットを選んで使っているのだ。

            「本当に頭からおしまいまで全部OKカットですよね」

            「橋本さん・・・・これからスピルバーグの映画はもう見ることはないですよ」

            「え?」

             野村さんは少し上目で私を見た。眼鏡の奥の目がキラッと光る。底意地の

            悪い、少し冷酷な顔付きでもある。

            「映画の監督を一生やったって、そんなのは一本できるかどうかですよ。

            だから彼には、この『ジョーズ』が最高で・・・・これから先はなにを

            撮ってもこれ以上のものはもう出来ませんからね」

             

             ジョーズは見ているけどそんな視点で見てはいない。こちとら素人だから

            当たり前だ。そもそもOKとNGの違いってなんなのさ。どこで分かるのそれが。

            橋本忍と野村芳太郎はわかったんだよな。違いを見分ける視点がものすごく

            気にはなるけど、それ以上踏み込めないアタイの限界、すぐ気がついた。

            残念だけど仕方ない。なんたって経験もなきゃ知識もないからさ。とはいえ

            ここで諦めたんじゃ素人の名がすたる、再見のためにアマゾンで注文。

            とにかく桟橋のシーンを見直さねばならん。

             

             だから、つい、私はこんな言葉を漏らしてしまったのだ。

            「じゃ、黒澤さんにとって、私・・・橋本忍って、いったいなんだったん

            でしょう?」

             野村さんの眼鏡の奥の目が光り、眉がピクッと動いた。私は瞬間に

            背筋を冷たいものが走った。なにかいってはいけない、とんでもない

            ことを口にした予感である。

            「黒澤さんにとって、橋本忍は会ってはいけない男だったんです」

            「え?」

            「そんな男に会い、『羅生門』なんて映画を撮り、外国でそれが戦後

            初めての賞などを取ったりしたから・・・・・映画にとって無縁な、

            思想とか哲学、社会性まで作品に持ち込むことになり、どれもこれも

            妙に構え、重い、しんどいものになってしまったんです」

             私は神経を逆撫でされた感じでムッとした。自分の口から出た

            不用意な言葉に悔いてはいたが、野村さんのいい方はあまりにも

            一方的な強弁のような気がしないでもない。私もつい前後を見失い、

            感情的になった。

            「しかし、野村さん、それじゃ黒澤さんのレパートリーから『羅生門』、

            『生きる』、『七人の侍』が?」

            「それらはないほうがよかったんです」

            「え!?」

             私は思わず声を上げた。

            「それらがなくても、黒澤さんは世界の黒澤に・・・・現在のような

            虚名に近い クロサワでなく、もっとリアルで現実的な巨匠の黒澤明に

            なっています」

             野村さんが伏せ目で私を見た。眼鏡越しの上目がキラッと光り少し

            冷酷で辛辣な意地の悪い顔になる。私は戦慄した。この顔には見覚えが

            ・・・・・・・以前にスピルバーグの映画はもう見るべきではないと

            予言した、あの時の野村さんの顔だった。

            「僕は黒澤さんに二本ついたから、どれほどの演出力・・・・・

            つまり、力があるかを知っています。彼の映像感覚は世界的なレベルを

            超えており、その上、自己の作品をさらに飛躍させる、際限もなく

            強いエネルギッシュなものに溢れている。だから夾雑物・・・・・

            いいですか、よけいな夾雑物がなく、純粋に・・・・・純粋にですよ、

            映画の面白さのみを追求してゆけば、彼はビリー・ワイルダーに

            ウィリアム・ワイラーを足し、二で割ったような監督になったはずです」

             私は黙り込んだままだった。

             

            「ビリー・ワイルダーよりも巧く、大作にはワイラーよりも足腰が

            強靭で絵が鋭く切れる。その監督がどんな映画を作るか・・・・・

            橋本さんにも分かるはずです。きっと面白いものを数々作り、世界中の

            映画ファンや、我々をゾクゾクさせたり、ワクワクさせたり、心の

            底から楽しませ・・・・・・文字通り、掛け値なしの、世界の映画の

            王様に・・・・・橋本さんはそうは思いませんか?」

             私は目の前がクラクラした。野村さんの言っていることにも一理

            あるが、どこか衒学的であり、肝心な点が間違っている。なにか

            言おうとした。だが言葉が出なかった。

             

             黒澤明の映画に対する視点がブッ飛んでるな。しかも当の脚本家を前に

            してそこまで言うか? 問われたからには言いましょうってことなんだろ

            けど。それにしても七人の侍までもがないほうがイイってか。う〜む。

            分かるようなわからないような。ま、これもアタイの限界のはるか先な

            ことは間違いない。とにかくすごい考え方だ。改めて感心。

             

             となれば野村芳太郎がどんな映画を撮ったのかが気になる。改めて

            見てみよう。手持ちの数本のDVDはいずれ見るとして、まずは未見を

            アマゾンプライムで見てるとこ。今は「しなの川」の真っ最中。どれが

            OKカットかNGカットかも併せて理解できれば・・・・。でも素人だから

            無理だろうな。わかっちゃいるけど・・・・・・。

             

             この本、砂の器の大ヒットがなければ野村さんはいずれ松竹の社長の

            席が用意されてた、とか、黒澤明の影武者や乱のダメさ加減の顛末などが

            書かれていて、興味深いものだ。黒澤監督の後年の作品がさっぱり

            わからなかった私の疑問も解決されてまことにけっこうなことでした。

             

            頭のイイ人っているんだなァ・・・・・・・な、店主でした。

             


            明け暮れての試作なり

            0

               耳鳴り芳一・・・・なんちて。

               難聴の傷未だ癒えないアタイ読書に精出す。脚本家・橋本忍の「複眼の

              映像」、黒澤明にまつわる様々な事柄に溜飲は下がりっぱなし。山田風太郎

              「幻灯辻馬車」、昔読んだ忍法帖シリーズがまざまざで、これまたまことに

              結構。雛ちゃんが「トトーッ」と叫べば亡き父が亡霊となって出現するシーン、

              誰か映像化してくれ〜。でもって、残るはファーブル昆虫記。蜘蛛の子供が

              巣立つ方法を知って、凄いな。風で飛ぶんだ。そんなこと知っちゃうと出没

              する蜘蛛を殺すことができなくなっちゃう。

               

               日中は何してるかって〜と、試作なんだなコレが。友人がふと漏らした

              一言、村越さんも作品展やればいいのに、にほだされて精を出しているワケ。

              帽子掛(またはハンガースタンド?)がほぼ完成、植木スタンド?も形に

              なりかかり、今はくず入れの真っ最中。

               コレがソレ。45ℓのゴミ袋用。大田区でゴミを出すのは45ℓなんだけど

              他地区はどうなのかしら。そんなこと構っちゃいられない、とにかく作る。

              厚さ6伉度の穴あきベニヤ、接着作業に神経を使うけど一応完成して

              随分と時間が経ってもうた。見ているうちになんか物足りないな、と。

               下の巾木部分に彩色してみた。ま、こんなもんか?。上の蓋も追加

              されるからなんとかなるだろ。ちなみに彩色は木部用ダイロン。

               

               ほいでもって丸もあるんだのっし。

               よくテーブルに使われる化粧板をくるっと丸めて

               リベットで止めたもの。穴の間隔、重ねる部分を数回検討したっけ。

              随分前だからしっかり忘れとるんだ。

               底板はコレでいいだろ

               問題は上。化粧板の裏側はザラザラだから見せられない。この場合

              内側になるんだけどさ。隠すためには何かで覆うか? となれば布か?

              全体を覆ってみたけどまるっきりダメ、上部だけリング状にお試し。

              化粧板にテキトウに穴を開け、直接布を縫い合わせて、余った布を適当に

              切り、ありあわせのゴムで口を閉じてみたんだけど・・・・・・

               問題はゴミを捨てる時。グイーっと広げないと捨てられないもん。

              使う人はどこまで広げるんだろ? 縁の周囲全部に丸々ひっくり返せれば

              いいんだけど、そうするとゴムが長くなりすぎて閉じたときに弛むのよ。

              ピンと張らずにダラリという感じにね。ソレはさておき、

               とにかく全体の姿かたちの按配を見よう。把っ手はお試し。単なる

              樽型でもくず入れとして使える、けどソレじゃなんか物足りない。

              アクセントとしてはいささかデカいけど把っ手のアイデアはアリだろ。

              リベットも隠せるし。持ってみると案外気持ちいいのよね。

               

               行きつけの古着屋ZIRAで買うとき、いい!と感じるトコはなんだろ?

              って考えるのよね。色だったり生地だったり縫製だったりポケットや

              ボタンや襟の形だったり色々あるけど、それらと同じで私の作品にも

              いい!と感じられる何かが欲しいと願うワケなのよ。服を選ぶ基準の

              ようなものがさ。

               

               それに加えて技術のないアタイでも問題なく作れる構造でなけりゃ

              ならない。使えるという機能も必要だ。そんなこんなを考えつつ試作

              するって〜のは成熟するまでに時間はかかる。そうして出来上がった

              作品を見向きもされなかったらどうせよう? なんて不安もあるし。

              心中穏やかならずで励んでいる今日この頃・・・・・・・なんてね。

               

              カメラが復活、ここに幸あり・・・・な、店主でした。

               


              突然といえば炎だろ

              0

                 「突然炎の如く」そんな映画があったっけ。たしかトリフォーだったな。

                 

                 過日、突然左耳が聞こえなくなり、数日を経て耳鼻科に。突発性難聴

                との御診断、けっこうな重度だ、すぐに大きな病院に直行せよ、名医ベン・

                ケーシーから指示されて、紹介先の東邦大学病院へ。即入院、一週間の

                点滴治療を経て、今に至る。

                 

                 片耳だけだと音源の方向性がまるでなくなるんだけど、ステロイドの

                おかげで少しづつ改善されてきたが、耳鳴りは治まらず果たして元通り

                になるかどうかは誰にもわからないときたもんだ。うーむ

                 でもね、聴こえが悪くたってまるっきり聴こえないわけでなし、耳鳴り

                にしても慣れればいいだけのこと、命まで取られるわけでなし、静かに

                受け入れるしかない。初めて入れ歯を使った時の異様な不快感と同じでね、

                いつかは慣れるだろうて。

                 

                 そこで、で、どうする? 確かに難聴はマイナス要因だけど、悪いこと

                ばかりではない。耳鳴りも同じ。音楽を聴くには差し障りはあるけど

                要は耳に神経を集中しなけりゃ気にならない。それには仕事が一番。

                仕事に熱中すれば耳鳴りも気にならないし、仕事もはかどるしな。

                ってことで、このところ木工仕事に精を出しているワケ。

                 

                 ルーティンワークの茶箱の脚を発送し、自宅で使っている座卓を高脚に

                改造がほぼ出来上がり、それに伴い椅子の高さも低く作り直そうと一脚

                だけ完成。んでもって二脚目を作ってるとこ。これらは画像で見れば

                一目瞭然なれど、入手したデジカメをMACで使う方法がさっぱりでね。

                とりあえずは文字でという次第。

                 

                 改造作業中に東京新聞の「住まい彩り」の記事を読んだんだ。

                 「日本の住宅の天井高は世界的にも低い、さらに靴を脱いで素足で

                暮らす私たちは身体サイズに合った道具を使うべきだ」という考えの

                もと、暮らしの中心となるテーブルの高さは61センチがベストだと

                先達は言い切る。それに合わせる椅子の座面も37センチ前後の高さを

                推奨してる。

                 

                 我が家は畳の生活だから座卓を使って幾星霜、だんだん座るのが

                ヤバくなり、椅子を使おう、それにはテーブルは高くせにゃならん、

                ついでに娘息子家族が来た時に伸展するようにしたい、普段はカミさん

                と私の二人使いだけど7〜8人まで使えるように。

                 その基準となるのがテーブル高61センチ。材木屋さんに製材注文し、

                地下の工房で切ったりネジったりして61センチは完成したけど、椅子が

                高すぎて足が入らないんだ。速攻低い椅子を作り試したけど、具合悪し、

                椅子の脚を切れないから、テーブル高さを1センチ刻みで調整、結局

                63.5センチが一応のベストと判決が下り、一安心祝着至極。

                 

                いずれ近いうちに画像お見せできるかも・・・・な、店主でした。

                 


                ゴミ屋敷なんだわ

                0

                   ついつい「シンドラーのリスト」を観て、「カジノ」「カリートへの道」を

                  観終わり、今更とは思いつつも「サイコ」を観ているとこ。視聴履歴に基づく

                  おすすめが次々だからしかたない。音楽は常用者、気が向けば映画、その

                  合間にお仕事をという有様だ。こんな生活でいいのか? 思わないではない

                  けどさ、格別急かれることもなし、元々飽きるもんならいずれそのうち飽きる

                  だろ。

                   

                   とある数日前、近所から戻ったカミさんが「なんだか大変なゴミが運び

                  出されてるわよ」と言うんだ。「?」と思って前の道路に。2tトラックへ

                  盛大にゴミ袋テンコ盛りの真っ最中。振り返って二階への階段に目をやれば

                  業者が忙しく行き来してる。こりゃきっとアパートの一室がゴミ屋敷化して、

                  引っ越すために業者に頼んだんだろと瞬間思ったのよ。面倒だなぁと思いつつ

                  聞いたら二階の部屋だと。恐る恐る階段を上がって部屋を覗いたら、案の定

                  足の踏み場もなし。

                   

                   離婚し後、母が営みし下宿業が我が家の生活の糧だった。30年前、遺産

                  相続に恐れをなし、借金してアパートを建て、今も相変わらず生活の糧で

                  あるんだわさ。おおよそ60年の下宿アパート歴史の中で初めて出来した

                  この出来事、一体どうなっているんだ。

                   

                   部屋の中に二人の男性がいて、私の問いかけに名刺を渡すんだ。てっきり

                  区役所の生活保護課の方なのかしらと早合点して、この二人は業者の親方

                  なんだろうと思いつつ地下に戻ったワケよ。そういえば住人から、入院

                  したから家賃が遅れるみたいな連絡を受けていたよな。帰ってこれないから

                  退去するための清掃かと思い込んでしもた。

                   

                   でもね、名刺を見たら社名はどう考えても清掃業者ではない。ドイツ

                  支社があるのも変。ネットで調べてみても清掃業者ではない。住人の

                  携帯に電話したら別人28号が出るし。どう考えても変だな、コレ。

                  それに区役所だったら大家のワシに必ず事前連絡があるはずだ。鍵は

                  どうやって住人から渡されたんだろ? まさに暗雲のように疑惑は

                  みるみる空を覆う。

                   

                   ゆっくり考えてみればこの住人は生活保護を受けている方ではない

                  から区役所の出番はない。泥棒か? と思わないでもないが、持ち出す

                  のはゴミ袋ばかりだし、こんなものを運び出す酔狂な泥棒はいない。

                  中身がゴミならたとえ住人に無断で運び出したところで問題にはならん

                  だろ・・・・・・・・・とはいえ気になるな。

                   

                   その疑問を解くために再度部屋に行く。名刺を渡された男性に、住人

                  とはどのような関係ですの・・・・・・・? とやんわりなツッコミ

                   

                   あぁやっぱり来ましたか、みたいな反応。いえね、こういうワケ

                  なんだと物語るのですわ。住人は私たちの卓球サークルの代表でとても

                  世話になってるのです、と。区内の卓球関係の幹事もやってるのです、

                  と。入院したけれど快方に向かってて、近々戻るために世話になった

                  我々がこうして片付けをしているんだと。名刺の肩書きが清掃関係では

                  ないことの御不審はごもっとも、とも言うワケ。つまり恩返しってコト

                  らしい。

                   

                   こんな物語を一瞬で考えられるわけがない。嘘の理由にしても念が

                  入りすぎてる。携帯についちゃ随分前に番号変わってると。こうして

                  いくつかの疑念は一気に晴れたときたもんだ。

                   

                   そういえば、この住人の方、近所でお見かけすること再々でさ、

                  時にはタバコを吸いながら立ち話なぞをなさってることもある。

                  けっこう友達も多く、顔広いのネと思っていたの。アパートの住人が

                  近所で立ち話なんかする人はめったにいないもん。

                   

                   こうしてことの顛末は終わりを告げた。それにしても思うことは、

                  世話になってる方の恩返しなんて〜ものが、いまの世知辛い世の中に

                  存在してるんだってこと。アパートという狭くて小さな世界ですが、

                  社会の最前線とも言える。こんなとこで恩返しを見れるなんて、

                  捨てたもんじゃありませんぜ、ったく。

                   

                  しかし未だに信じがたい。あれは幻視?・・・・な、店主でした。

                   


                  噂の真相

                  0

                     筒井康隆氏の日記で「『噂の真相』岡留安則を賑やかに送る会」が30日に

                    催されたことを知る。休刊以後、沖縄から時折ブログで発信していたけど、

                    いつしかそれもなくなり、酒場の店主をされていたこと、亡くなったこと、

                    感慨に耽るアタイ。

                     

                     長きにわたり噂の真相はアタイはもとより家族の愛読雑誌であった。

                    何かで知り読み始めた創刊号、以来最終号まで途切れることのない愛読者

                    だったんだ。町内にあった本屋に頼んでおいたから我が家の郵便受けに

                    届けられ、それを心待ちにするステキな25年間だった。硬軟取り混ぜた

                    記事、まるでごった煮のようで一冊丸ごと隅々まで楽しめた。毎月欠かさず

                    読んだんだから、かなりの影響を受けてるに違いない。

                     

                     感謝の意を表して思いつくまま極私的ベスト5を書いてみる。

                     

                     第一位:昭和天皇崩御に関する一連の記事

                     天皇は神様だから、新天皇に代替えするにはそれなりの儀式が存在する。

                    二つの床を並べて、片方に崩御された旧天皇、もう片方に新天皇が一夜を

                    共にする。意識の交換かはたまた魂の置換か、ありそうだな、それ。体液

                    だって保存してるに決まってる。さらに記事は続き、天皇に嫁ぐ花嫁が

                    初夜の前、入浴時に「自分でカラダを洗えない」ことに仰け反った。

                    うら若き乙女が女官によってカラダをくまなく洗われる。万一カミソリ

                    かなんかを隠し持って刃傷沙汰になったら大変だもんな。洗いながらの

                    身体検査は当然のごとく秘部にも及ぶことだろう。

                     

                     第二位:森前首相の手形事件

                     森首相が在任中、若き日に買春容疑で逮捕されたことがあったと

                    メディアに流れた。本人が否定する中、当時の指紋が流出して大騒ぎ。

                    ぜひとも本人の指紋と照合せねばならない、それなら手形だろうと、

                    早速誌上で公開公募、読者から提供された手形が公開されて、見事一致。

                    確か、逮捕時の指紋流出も読者からのもんだったと記憶する。

                     

                     第三位:ジャイアント馬場の男色趣味

                     プロレスラーにはホモが多いことを知って驚いた。それまで芸能界の

                    ホモや男女相関図(むろん実名だ)でおおよそ知ってはいたけど、

                    ジャイアント馬場は別格だ。まさに意表を突かれた感じ。彼が率いる

                    全日本プロレスの面々、ジャンボ鶴田然り、鉄条網の大仁田然り。

                    おいおいマジかよ、みたいな。

                     これに比べたらジャニー喜多川がジャニーズや少年隊のメンバーを

                    愛でることなんか小さい小さい。

                     

                     第4四位:吉行和子の質問

                     田中康夫氏の「東京ペログリ日記」。包み隠さず開けっぴろげという

                    方針のもと、1日で数人の女性と関係を持つことが再々でね。そのことに

                    誌上で質問したのが吉行和子氏。その関係とはどこまでのものなの?  と。

                    ご心配には及びません、先っぽだけじゃなくちゃんと挿入してます、

                    答える田中氏。私も多くの読者も考えていただろう疑問を素直に問う

                    吉行氏にいたく感心したもんだ。

                     

                     第五位:筒井康隆氏の食べ歩き番組についての考察

                     コラム「笑犬樓よりの眺望」1988年10月のこと。今じゃ当たり前、

                    どこの局でもやっている食べ歩き番組だけど、これをSEXやり歩き番組

                    に置き換えた秀逸な一文。

                     人前で大口開けてぐちゃぐちゃ食べることなんかはしたない、なんて

                    ことは誰も口にしない時代になっちまった。そもそも食べることそのもの

                    が恥ずかしいと谷啓は言ってた。そんなこたァどうでもいい、アッシにゃ

                    関わりのないことでござんす、が、すっかり当たり前のご時世だ。

                     

                     人間の二大欲望が食欲と性欲であり、隠す美学が忘れ去られ、なんでも

                    大っぴらでいいじゃないか、とはいえSEXは憚られる、ならば食欲をと、

                    SEXの代替えとして盛大に公開されている、というのが主旨。

                     僻遠性、因由性、無比性、秘蔵性の4つに大別された内容は、そのまま

                    SEXに置き換えられる。うーむ。これを読んでからというもの、まともに

                    食べ歩き番組を見れなくなっちまった。リポーターが男性なら日本全国

                    各地の女体をやり歩く、女性なら男というわけだ。想像するだに恐ろしい。

                    SEXしながらの実況中継だもんな。

                     

                     

                     こうして並べてみると、己の心智が透かして見えるな。検察や警察、

                    政治についても数多の記事があったけど、アタイの心に残ってるのは

                    このようなものだからさ。こんなことに心惹かれて生きてきたって

                    いうワケだ。

                     

                     創刊時から休刊まで、休刊以後の噂の真相にまつわる数々の本はすべて

                    手元にある。と言いたいけど、残念ながら創刊からの数年間分はカミさん

                    の友人が出産するときにヒマなときに読んでとあげてしまった。残るのは

                    約20年分幅およそ1.5m。はて、コレどうしよう?誰か欲しい人いない?

                    タダであげちゃうけどな。

                     

                    誰もいなけりゃ、また読み返してみる?・・・・・・な、店主でした。

                     


                    子供の時間

                    0

                       地下の閉じこもりの日々、これじゃまるで将棋で言う穴熊だな。

                       

                       今朝、孫が勤しんでる野球部の試合があるよ、娘から☎。歩くこと数分の

                      多摩川の河川敷。試合開始は午前十時開始なれど、昨晩の風呂を沸かし直し

                      朝風呂を堪能、しかる後コンビニで珈琲サンドイッチを購い、徒歩で野球場。

                       

                       お〜やっとるやっとる。応援がすごいな、こんな遠くまで聞こえる。

                      久しぶりの多摩川河川敷、桜はまだまだだけど、上天気で気持ちは◎。

                      この球場は日体荏原高校のもの、土手に学生にどっちが勝ってる? 10対2

                      です、東京高校が勝ってるの?、そうです、ダメじゃん荏原、いえ相手は

                      大泉高校です、こりゃまた失礼。考えてみれば強豪日体荏原に8点差がつく

                      わけない。

                       

                       土手を降りてまずはバックネット脇で観戦する。応援がスゴイ。東京高校

                      のね。なんたって高校は歩いてこれる距離にあるから、母父も学生もわんさか。

                      メガホン叩いて大声の大応援団。隣の母親らしき方がジャンプしてる。それが

                      面白すぎて横目が離せない。釘付けだ。わかりまっせ、その気持ち。孫は試合

                      に出ていないけど、関係者としちゃ踊りたくもなろうってもんだからな。

                       

                       一塁側のネットにズラリ並んだ野球部員、女性マネージャー3人、母父、

                      アタイのような祖母祖父。野球部員、女性マネージャー3人が次々とアカペラ

                      声援に感心する。どうやら状況に応じて様々な曲があるらしく、誰かの音頭で

                      声を限りに怒声が続くときたもんだ。

                       

                       つくづくいぃ〜もんだなココロ。甲子園に出れる可能性は極小なれど、今

                      この時に熱中できることがある。それはいささかかなり羨ましい。なにね、

                      昨日アタイの後任となる卒業生が来て、授業のことについて相談されたの。

                      デザイン学校に入学した学生はどう考えているのかわからないけど、学校側

                      としてはとにかく就職率アップが大命題でね。それが新入生増員の決め手と

                      あればそれはそれでわかるけどさ、将来のことは誰もわからない、いまの

                      この時を楽しむことを忘れちゃいけませんぜ。それが生きてるってこと

                      だからさ。違うか?

                       

                       甲子園に出場できるかどうかわからない高校生がいて、就職できるか

                      どうかわからない専門学校生がいる。片っぽは熱気充満な青春を謳歌してる

                      ように見える、しかしデザイン学校じゃ、作品について相談することもなく、

                      良かれと思うアドバイスにも虚ろな反応、自分のアイデアを作るだけの

                      孤独な世界、熱気は乏しくて活気は一体どこに置いて来たの? スポーツと

                      木工製作とじゃ異なる世界だからと言われるかもしれないけど、この違いは

                      何故なんだろう。そんな思いでしばし佇む。

                       

                       ま、どっちにしても辞めたんだからどうでもいいんだけど。ついつい。

                       

                       こうして過ぎて行く日々、ふと感じるのは時間の流れが遅くなったように

                      感じることだ。小学生の時、母の実家で一夏を過ごした。毎日自転車で

                      小一時間の川に行き、夕方まで泳いだり遊んだり。なんであの頃は時間が

                      ゆっくり過ぎたんだろう? 不思議でならない。折に触れそんな思いを

                      抱いていたんだわさ。でも、齢70になった昨今、地下で木工をし、音楽を

                      聴き、時には映画を見て、寝る前には本を読む、そんな生活をしていると

                      なんてゆったりと時は流れるんだろう。時間の流れは心の感じ方次第で

                      早くもなるし遅くもなる、そんな当たり前なことを再確認させられる。

                       

                       肉体の衰えとともにSEXの嗜好は一気に凋落し、SEXと疎遠になること

                      と入れ違いにまったく別の快楽にも似た扉が開かれる。心の中にスルリと

                      何かが入り込んできた。う〜む。人間は完成することはなく、死ぬこと

                      すら終わりではない、日々新しいことが出来するとか。なるほどね、

                      言えてるなソレ。それが実感できるよろこび。

                       

                       なかなか、いいもんでっせ T野井さんよ。

                       

                      相変わらずAccu Radio聴きながら・・・・・・な、店主でした。

                       



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