糸の切れた凧だな

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     ツマミな喫茶店計画は最終段階。なんせ締め切りがないから日々の仕事は

    遅々として、まるでワガママな幼児のようだ。唯一、依頼された茶箱の脚

    だけは納期があるけどそれとても充分に間に合う時間があるんで焦る必要は

    まったくない。なんとなく完成してしまうんだ。

     締め切りがないことはプレッシャーがないストレスもないということ

    だけど、区切りの一服や切羽詰まった後の達成感がなく、ただ時間がダダ

    漏れ状態で過ぎてゆくのがいかにも気持ち悪い。余生を楽しむことに

    未だ慣れないアタイだ。みんなはどうしているのんだろう?

     

     先日、元監督の野村克也氏が亡くなり、その後筒井康隆氏の息子さんが

    亡くなったことを知った。ノムさんは中学生の頃からの大ファン、たまたま

    カミさんの実家が彼の実家の隣町だったし高校も同じだったのよ。一度は

    娘と一緒に市役所の片隅にある記念ブースを見に行ったことがあってね。

    私がTVで応援していた頃のトロフィーや盾を見て、感慨に耽ったんだ。

    思わず、映画「フィールド・オブ・ドリームス」みたいだな、とね。

     

     筒井氏の息子さんは一面識もない。唯一、「聖痕」の挿絵で知ってるだけ。

    氏のブログで訃報を知ったんだけど、悲しみに溢れる文面に心を打たれる。

    もし私の息子に先立たれたらどんな気持ちなんだろう。死ぬまで悲しみ

    は消えることはないだろうな、自分の感情をコントロールできるんだろうか?

    そんな気持ちを抱きつつモノ作りなんかできるんだろうか? 前向きに

    日々を過ごすことなんかできるんだろうか?

     

     御二方いずれも私にとっちゃ大切な方でね。ほぼ同じ時期に訃報に

    接するとこんなワタシだって物思いにふけようってもんだ。

     で、3月2日に71歳となったワケ。長生きってほどじゃないけどさ、

    これまで生きてきて感心したり笑わせてもらったり学ばせてもらったり、

    そんな方々が亡くなってゆき、気がつけば見知らぬ人ばかりな感じ。

    死ぬのはイヤだけど、だからといって見知らぬ方々の中で一人ポツネン

    と過ごすってのもどうなんだろう。

     

     若い時は、周囲はみんな年上、仰ぎ見るような逸材がゴロゴロ、

    見ること聞くこと目新しいことばかり発見ばかり、そりゃ新鮮なコトが

    満載だった。今は、みんな年下で、逸材はゴロゴロしてるんだろうけど

    年下という偏見が認めることを許さない。っていうかハナっから好奇心

    の対象にはならないと思い上がりも甚だしいココロ。ウ〜ムなんだ。

     

     ならばとモノ作りに励めばいいじゃんと思えども肝心なやる気が一向に

    湧かない。いや、どーにも困った、これじゃ糸の切れた凧だ。あ〜ぁ、

    そしてヌ〜ゥ。私の好奇心がなくなるなんてこたぁないだろけどさ。

    こうなったら好奇心が湧く「なにか」に出会うまで、TVドラマ「ER」

    を見続けますか。

     

    みんなど〜しているのかね・・・・・・・・な、店主でした。

     

     


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