年も前になるだろうか。その頃は専任、今は講師で勤めている専門学校でのことだった。
就職指導の担当だった頃、ある求人票に目が釘付けになった。おそろしく汚い字だったこ
ともあるけど、「厚生年金には加盟していないけど、同額のお金は支給します」の一文が気
になった。ん? こりゃ一体どういうことなんだ? 年金を希望するんなら個人で入れって
こと? なんか年金に対して考えがあるんか? さらに、この会社、採用するのは女性ばか
り、むろん社長も女性。おや? これはなんかあるな? と私の心は動いたわけ。そこで、
受け持ちのクラスから選りすぐりの女生徒数人を入社試験に送り込んだんだけど、すべて落
ちてしまったの。おっかしいな〜? 出来のいい学生だったから一人ぐらいは受かると思っ
てたんだけど。どーして? そう思った私は、不合格の理由を聞きに会社まで行ったのであ
ります。ちなみに、私が会社まで行ったのはこれが最初で最後、一回こっきりのことです。
会社の応接室に通されて、なぜにウチの学生はダメだったの?と問えば。美形の社長曰く
「あなたの学生は全員、声が小さいし、目線が下がるんだもの。そんな子は使えないわ!」
と明確なお答えが返ってきた。う〜む、なのである。入社には試験があり、その内容は当
時渋谷にあった東急文化会館の建替え案を考える事(このビルは今渋谷ヒカリエになっとる
んだけどさ)。それを事前に知らされた学生にアドバイスなんかしちゃったんだけど、問題
は建替え案の内容ではなく、声の大きさと目線だったわけ。なんも知らない私は意表をつか
れてしまったのですわ。しかもですよ「学生が考えた建替え案なんか使えないわよ。だっ
て、どれくらいの時間でアイデアをまとめたのかもわからないし、建替え予算も考えられる
わけがない。そんなアイデアが使えるわけはない!」と一刀両断。いやはや、気持ちいいの
なんのって。すっぱりあっさり斬り捨てられてしまいました。
それからは学生に対して「大きな声で、目線を下げないように」とプレゼンのたんびに言
うんだけど、これがまったくノレンに腕押し、ヌカに釘。効き目はじぇんじぇんありんせ
ん。目線を下げないっていうからは、常に相手の目を見ろってことだからカンペを読みなが
らのプレゼンなんか話しにならんのだ。でも、相変わらず卒業制作でさえもメモを読みなが
らの学生もいるし、ひどいときにはそれでも賞をとっちゃたりすることもある。こういうこ
とが度重なると「物言えば唇寒し秋の空」(だったっけか?)の心境になり、口数も少なく
なるっていうのもわかってもらえるかな〜。
学生が考えるアイデアは使い物にはならない。それは、時間とお金が絡んでいないからに
他ならない。それを少しでも解決する方法は「時間」しかない。だって、仕事を進める上で
の予算組みなんか経験のない学生には出来ない相談だもんね。そのことを証明してくれたの
はベルリンで知り合った現地の学生だった。描いたデッサンの隅っこに時間が記入されてい
たからさ。偉いぞ! と思いっきり褒めましたけど。デッサンの上手下手はもちろん大切だ
けど、どれくらいの時間で描き上げたのかを意識することのほうがもっと大切なことなのか
もしれない。いや、きっとそっちのほうが大切なんだろう、と思う店主。時間=お金ですか
らね。短時間で成果を上げられる方がいいにきまってますからね。
それから幾星霜。ずいぶんの後になってから友人Chrisが教えてくれたプレゼンの十二か条
の中にもしっかりとその2つの条件があったから、こりゃインターナショナルなんだなと私
は改めて理解したわけだ。声を大きくは、
これだ。情熱を持って話せ、ということは声を大きくということにダイレクトに直結する
(単語の重複かしら)。それにしても、こんな画像よくも探したもんだと今でも感心します
な〜
友達を作ろうという意識を持ってってことなのか? 英語力がないから、的を得ていない
かもしれないけど。とにかく目線を外すなってことでしょ、この画像は。
この他に10の注意事項が存在するわけだけど、これを見て私はプレゼンのやり方がようや
く理解できたわけです。齢50才過ぎてはいるけど、私にとってまさに目からウロコのような
体験でした。クライアント(要は、お客さん)にデザインを説明するときには画像と一つの
単語の組み合わせで。意図は明確に表現する。そんなこと知ってる人には当たり前なことな
んだろうけど、そのときまで知らなかったからね。わたしにとっちゃものすごいノウハウ
だったわけ。そうだったのか、こういうふうにして自分の考えを表現すればいいのか!!!
でも、なんでこの年齢になるまで誰も教えてくれなかったんだろう。と、訝しい気持ちが
拭えなかったのですわ。だってデザインの本はけっこう目を通していたし、デザインの学校
にも所属していたんだからさ。多少なりそんなことを私が感づいてもいいじゃんか。それが
ぜんぜんかすりもしないってことは、ひょっとしてちゃんとしたプレゼンをみんな理解して
いないんじゃないか? 偉そうにもそんな疑問がむくむくと湧き上がるのを禁じ得ないわ
け。
でね、この画像はどうやって入手するのかといえば、私はgetty imagesのみ愛好する。
http://www.gettyimages.com/Search/Search.aspx?contractUrl=2&language=en-
US&family=creative&p=diving&assetType=image#44
これで手に入れるんだ。画像を入手するためには、まず単語を決めなくてはならない。よ
く言われるキーワードです。他の人は知らないけど、私は英語版しか使わない。英語は苦手
だから翻訳ソフトで翻訳したり、和英や英和辞書で調べたり、ときには「ネーミング辞典」
なども手元に置きながらの作業となる。これを学生に紹介すると日本語版もありますよ、な
んてこと言う人もいるけどさ、わかっちゃいないんだなァ。日本人の私が英語に訳して画像
を入手することは、日本とアメリカとの共同作業になるわけで、交流することによってより
興味深い画像が発見出来る可能性があるでしょ。また、私の誤訳で思わぬ画像が開けること
だって少なくないからさ。言ってみりゃ一挙両得ってなもんですよ。違いまっか?
とはいえ、この画像タダではない。明るみに出ると思わぬ請求書が届くなんてこともある
ようでさ。だから、私はあくまでも隠密に外に出ない範囲でしか使わないのだ。この画像、
最近めっきり画像番号みたいな邪魔なもんが目立って大きくクッキリになってきて。無断使
用にプレッシャーを掛けようってことなんだろうけど、ささやかに困っています。
私のプレゼン修行の端緒を開いていただいた大恩人の美形社長。最初に受験した学生達は
すべて不採用だったんだけど、その後頼まれて一人の学生を送り込んだの。女社長に興味
津々の私にとってはいわばスパイなような存在の新入社員。来客に差し上げる飲み物には三
段階あって、最上級が珈琲、次が紅茶、一番下が緑茶。これがこの会社の不文律。グラスや
お茶碗に拭き残しの水滴なんかついていようもんなら大叱責。言葉遣い、礼儀には極めて厳
しい。ボトルに口をつけて飲むことなんか許されない。女性なんだからグラスに移して飲み
なさい! と。まるでヒッチコック監督の映画のようなんだ。しとやかさを忘れちゃいけま
せんよ、ってこと。わかるなぁ〜、その心。ウチの学生達はボトルに口をつけてぐい飲みば
かりだからね。言われてみればその通りで、可愛い顔してボトルを逆さにして飲む姿を目に
したら百年の恋も一気に醒めちゃうってなもんです。逆に言えば、ボトル飲みをしなければ
それに気が付く人が居るかもしれず、その人はきっと感心するかもしれないってことです
よ。ふだんの仕草は侮れませんなァ。いや、まったく。
そいでね、社内でなにが一番大変なの?とスパイに問えば、三時のおやつを買いに行かさ
れることだと。何を買っていいのか非常に気を遣う。それ以前に、おにぎりを買いに行った
ときに間違ってパリパリ海苔を買うてしまったんだ。女社長はしっとり海苔の愛好者でさ、
「私の好みもわからないようでは、お客さんの考えを理解出るわけがないでしょ!」こうい
う考えなわけ。このことはまったく別の男子卒業生からも聞いたんだよね。その学生は設計
事務所に入ったんだけど、給料は安いんだけど服装や礼儀もきわめてうるさくて、困るのは
おやつを買いに行かされること。何を買っていいのかわからないんだ。昨日はなにを買った
のか、上司は何を食べたいのだろうか? つまり相手の気持ちが読めないと買うおやつに迷
うってこと。「何を買ってきましょうか?」なんて言ったら即座に「私の好みもわからなよ
うでは、お客さんの考えを理解出るわけがないでしょ!」が返ってくること必定だからね。
それを聞いて私は大納得したの。まったく、そりゃそうだの連発で、美形な女社長は仕事
も相当出来るぞ、と思い知ったのであります。その証拠に、その会社は今でも存在し、社長
は多方面で活躍しているから。今の学校じゃ専門知識や技術しか教えられないけど、仕事を
してゆく第一歩はこういうことですからね。それがわからないでデザインの仕事がしたいっ
て言われてもなァ・・・・・・・・と、私はいつも思うのですわ。
でね、社名には「ラス」が含まれているんだけど、それがどうにも気になってしかたがな
い。このラスは一体なんなんだ? と思っていたから、その卒業生にそこんとこさりげなく
聞いてみてくんないかな〜、とお願いしておいたの。そしたら、ある日、それがわかったの
さ。このラスは宮沢賢治の「羅須地人」からとったものだったということ。ヘ〜、そうな
の! 一見恐そうな、しっかり者キレ者社長は、心の中にはロマンチスト精神が満ち満ちて
いるんじゃん。人は見かけによりませぬ。心の中では一気に親密感が増大し尊敬できる高み
の存在になったことは言うまでもない。しかし、時すでに遅し。その卒業生も自分の志向と
仕事内容の違いに気付き、仕事の厳しさもあって早々に退職してしまうのでありました。業
界も違うからその後会う事もなく・・・・・・すでに20年。どこかで再会することを期待す
るも、そうはゆかない現実世界。
思わず感傷的にもなりまっせ・・・・・・・・・・の店主なんですが・・・・・・・・。