ハイブランド

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     毎日覗いているブログに「ハイブランド」のことが書いてあった。以前、紹介した
    トーヨーキッチンの社長がせっせと毎日書いている。日本にはなぜハイブランドが
    根付かないのか、という内容。一部を無断で転載させていただく。


     価格は一億六千万
     生産台数は限定で499台
     受注が始まると一瞬にして世界中で1000台の予約は入ったそうです。
     もっと作れば、確実に売れるのに、どうして彼らは499台以上作らないので
    しょうか?彼らの企業の目的が徒に企業規模を拡大するという所にないという事だと
    思います。企業規模の拡大より、ブランドしてはハイブランド化の強化に企業の目的を
    置いているからではないでしょうか?


     ウ〜ム、ナルホド、改めてそう問われるとちょっと考えちゃうな。考えちゃうのは
    ハイブランドの意味、なにをもってハイなのか? 金額か? 希少価値か? この
    「ラ・フェラーリ」なる車は両方兼ね備えてることはわかる。ビジネスとしては金額と
    量との問題が問題なんだろう。翻って世界に冠たるモノ作り大国の一つである日本、に
    ハイブランドは存在するのか、と考えたアタイ。様々なジャンルに多くのハイブランドが
    存在するんだろうけど、ちんこいアタマにゃこれしか思い浮かばない。


     1974年から販売されたヤマハのB-1、値段は335,000円也。多くの特注パーツを
    ふんだんに用いられてる。今、これを作れば軽く200万円はするだろうと言うのは、
    師であるmazdaluce3000氏。この時期各社がそれぞれ競うようにして高級アンプの
    生産に励んでいたから、このB-1以外にも隠れた名器は存在するんだろう。けど、
    いまだに密かに話題になりオークションで取り引き盛んなのは、私が知るところ、
    このアンプだ。

     待てよ? mazdaluce3000ってのはハイブランドなのかい?と考えちゃうアッシ。
    そんなこと言うと謙虚な師は一言の元に拒否されるだろうけど、少なくともローでは
    ないだろう。高額、真摯なトコトン技術、販売された時点の性能に限りなく近づこう、
    素晴らしいアンプを一台でも多く後世に残したい、という心智は、なかなかかなり相当な
    域だと思っているわけだ。パーツもいよいよ残り少なくなり、代替えパーツだって入手
    不可能な時が静かに刻々と迫っている。その完全レストア品が師の工房にひっそりと
    眠っている。私が買おうかと思わないわけじゃないけど、8帖ほどの部屋じゃ存分に
    力を発揮できないからさ。上記のフェラーリと同じ、買ったはいいけど街中をコソコソ
    走らせる、銭湯にでも行ってみんべえか、じゃそれこそ車が泣くってもんじゃないかい。
    このB-1の売価は550,000円だ! 宣伝かい? その通り! 宣伝だ!!!そこ行く方々
    天下に二つとないB-1は如何かいな?

     閑話休題。で、ハイブランド。そのハイの意味はなんだろう、と考えるの。高額だけが
    条件じゃないだろう、希少価値が条件でもあるまい。結論を言えば、私にとっては
    「是が非でも欲しい」、その是が非でのレベルが極めて高い品物、と考えるのが一番
    シックリ来る。使えるとか便利、使いやすいとか飾りたい、見せびらかしたいとか自慢
    したいという類いのことよりも、自分と商品(作品)だけの間だけで共有できるモノ、
    それを共感と言えるかもしれないけど、つまりはそういうモノがハイブランドなんだ。

     音楽にハイブランドはあるんだろうか?なんてことも考えたりもする。モーツァルトは
    ハイでブラームスはロー? クィーンがハイでサザンはロー?? そんなことたぁ
    あるまい。スタンダードとして残る名曲はハイなのか? ちょっと違うな。モノには
    通用するけど音楽には通用しない、それは一体どういうことなんだろう。ワカリマセヌ。
    まっ、英語がからっきしのワタクシですからそもそものハイブランドの語義がわからにゃい。
    広辞苑にも出ていない。あいまいな定義であれこれ言うのもおこがましいが、ですけど。

     最後に、私が持っている数少ないハイブランドはコレ。



     友人が作った逸品(私はそう思ってる)、名付けて「指輪な一輪挿し」。どうです、
    え〜でしょうがな。一輪挿しというからにはちゃんと生花を生けられるような工夫が
    なされているんだわさ。

    そういうことで、今日のところは・・・・・・・・・な、店主でした。

     

    布地といえば柏?

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       過日、千葉県は柏市に行ってきた。目的? そりゃ布地に決まってる! はァ? と
      首を傾げるお方もおられるだろうけど、柏といえば埋蔵布地の宝庫・・・・・・・
      じゃない? ないだろな、そんな話聞いたコトないもんな。実は、友人(先生仲間だ)
      の実家にタンマリな布がどっさりこ、で困っとるという話が出て。もう一方で、
      卒業制作で布を使うかもしれないという学生がいて、ならばアタイが出しゃばらないと
      ラチがあかないだろと、こちとら布に興味もあるし、実家そのものに好奇心満載だから、
      トラック代わりのFITで勇んで出掛けた次第。

       到着およそ15分前、助手席のK島クンに電信員の役目を命じる。私の携帯で先方に
      そろそろ着きますよ、と。そしたらさ、友人がていねいに道順を説明しているわけ。
      こっちはナビがあるから確実に着けることはわかってるアタクシ、けど脇で説明を
      受けて冷や汗を流しているK島クンがいる。緊張しいの彼、しかも免許はなく、
      知らぬ土地、さらに相手は先生だから、覚えなくちゃいけない、でも覚えられない
      苦痛に汗が吹き出してる。それがまったくオモロくてハンドルを握りながら笑いを
      こらえるのに一苦労なんだわ。

       雨の中、無事到着。門扉を押して庭に、けっこうなお庭だ、こりゃ手入れが大変だろ、
      池もあって、芝生もあって、通路はクランクに曲がっていて石が敷き詰められている。
      昼食を用意してくださるというお言葉に甘え、玄関で挨拶もそこそこに座敷に通され、
      盛大なサラダ、後、ハヤシライス?をいただく。これがナカナかかなり美味い。食べ
      つつひとしきりお話で盛り上がり・・・・さてと、じゃ布を拝見いたしやしょう、と。

       廊下を5〜6回も曲がったろうか(困ったダジャレだ)、最後に階段を上がった部屋に
      布地はひっそりと横たわっておいでだ。すでに、もたれかかっている建具が悲鳴を
      上げている。倉庫代わりの部屋だから天井には裸電球一ヶ、布の色も定かには判別
      できない、けど、その場で選ばなくてはならない。なぜなら、友人は長年山積みに
      なってる布を持ち去っていただきたい気持ち満々だからね。美味しい昼食をゴチに
      なったこちとら、できるだけ大量に持ち帰るのは責務と心得、素早く選びドンドン
      バケツリレーごとしに階下へ荷下ろしに汗を流す。

       で、庭を通り門外のFITに積み込むんだけど、なんと雨カッパを用意してくだすって
      いるじゃありませんか。その前に古い布を運ぶからと軍手も差し出されているから
      恐縮にチン子も縮み上がろうってもんだ。フツ〜そんなことしませんよ。わざわざ
      買い求める事なんかしないって。いや〜、友人もなかなかな心智の持ち主とお見受け
      していたが、母親はさらにウワテだ。なんてこったい、ぬかったわ、そんな相手と
      しらず、こちとら手みやげも忘れとったから、お恥ずかしいこって、と思うたものの
      後の祭りじゃわい。


       一晩FITに積んだまま翌日学校に持って行く。これで全量、だけど部屋にあった布群の
      およそ半分。はてさて、これをどのようにして使うてやるまいか。私の店の地下試聴室の
      壁に張ったろうやないかと一応青色は確保、畏友T野井氏が画策しているスタジオ壁面に
      張ったらどうやとおススメする? 自分専用のスタジオを作る、壁はペンキでもいいけど、
      この布なら見た目もいいし音響効果も、と素人判断。自室のカーテンにしてやろか、と
      考えるも、これ全部を費消するにはかなりの時間を要するだろう。

       短い起毛の肌触りはいとをかし、なかなか良いのでござる。ご所望の方いずこ?

       広いとはいえ教室の机を占領することはココロが痛むアッシ、それまでこの机に
      置かせていただいてた材料をどけねば相済まぬ。而してその材料とは?

       中目黒の名店?バランチェッタの外壁を飾る苦心製作の板っきれ達。布が去ったと
      思ったら小汚い板かい! FITが泣いている? そうかもしれん。それが今も家の前に
      ある。荷下ろしせにゃ叱られる、早くどかさんかい! 退かんかい!!

       コトの顛末はこんなふう。今回の一連の流れでいろんなことを見聞きしたんだけど、
      友人の母親を交えた談笑のひとときの一言がココロに残った。母親曰く「以前、先生
      (私のこってす)と鎌倉のギャラリーで会ったときに、娘(友人のこと)の作品を見て、
      『それで家具を作ればいいのに』とおっしゃった」
      と申されるではア〜りませんか。
      そんなことすっかり忘れているこちとら、お会いしたことすらも忘却の彼方だからさ。
      しかも、そのアッシの一言をココロに留め置いて幾星霜、さらにその一言でアタイの
      心智までも理解なさっているご様子にいささかならず仰け反った。大家族に嫁ぎ、子を
      成して育て上げ、一見フツ〜の主婦に見えるけど、さにあらず。鋭い観察眼を持ち、
      社会の動静にも目を配り、文化の素養もあり、好奇心は脈々と息づいている。市井には
      このような方がおられるんだから油断はならない。と、再び手みやげを忘れたことを
      悔やむ。

       部屋の書棚には膨大な単行本が山積みで、聞けばこれらは母親が読破したとのこと、
      う〜む、なかなかな強者じゃて。これだけの本を読むってことは他の芸術ジャンルにも
      心を傾けておられるに違いない。ならば自身でなにかを表現したいという内なる欲求も
      少なからずあるのではないか。しかし、主婦という生業であれば日々の掃除洗濯料理で
      忙殺されてしまうのは必定。葛藤の心をどのようにコントロールされておられるのか、
      それを知りたい気持ちがムクムクと湧き上がる。聞けば裏庭には竹林があり、同行した
      学生は竹を欲しがっている、ならば再度お言葉に甘えて訪れる機会を得るかもしれない、
      な〜んてね、思ったりしてるわけだ。

      人との出会いはオモシロイ、いやまったく・・・・・・・・な、店主でした。

       

      習慣病?

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         昨20日の月曜日、久々に学校に行った。10月から始まった新学期、先週は祝日、
        先々週は台風で授業はなかったの。もう40年程講師をしているんだ、だから週一回
        出掛けることがすっかり身に付いて、それがないとなんだか落ち着かない。いつも
        通りの愛車FIT、盛大にTINAの曲を流しながら煙草プカプカ、気分転換ニャ最高だぜ。
        いつもは店と地下の工房を往復している毎日だから、車に乗ることもないし出掛ける
        こともない。それで気持ちが落ち着いているんならいいんだけど、ず〜とそれだと
        尻がムズムズしてきて、学校に教えにゆくのがちょうどいい息抜きになるんだわさ。

         とはいえ、今年早々に「もう辞めたい」と手紙を認めたアタイ、確たる返事は来て
        いないけど賽は投げられ下駄は預けてるから、気持ちは複雑なの。辞めたい、けど、
        カラダとココロには長年の習慣がしっかりと染み込んでいる。これがなくなったら
        これといって定期的に出掛けるもなく、息抜きはなくなり、尻はムズムズしっぱなし
        ってことになるんだろう。まったくサラリーマンが定年退職した後の気持ちがわかろう
        ってもんなんだわさ。

         で、学校だ。午前の3時間は二年生。卒業制作の指導なんだけど、登校したのは
        一人。在籍は4人。元々少ないけど一人じゃなあ、いささか気も萎えまっせ。その
        一人とアシスタントとアタイで彼の卒制のアイデアを検討する。もう10月も終わりに
        近いからいつまでもスケッチばかりじゃどうしようもないでしょうが。アタマだけで
        なく手も動かさないと作品は完成しないじゃんか。あれこれ話し合って、具体的な
        手順を説明、端材で実物モデルを作ることになった。でも、一人だけだからさ、
        時間が余ることこの上もなし。しかたないから、用意していた自分の仕事に取り掛かる。
        いやね、こんなこたァやりたかないのよ。学校で授業をして報酬をいただきながら
        自分の仕事をやるなんてセコいことはやりたくはない。でも、なんもやることなく
        教室に一人ポツネンは耐えられないんだわさ。

         午前が終わって昼食、アシスタントに誘われて丼丸に。数十種の丼物がすべて
        500円、なんて安いんだ!! ズラ〜っと並んだ写真を前にしばし考えて、チラシ丼。
        なんてこったい、これがウマイのだ。酢飯の上には一応刺身類が、で、これがウマイ。
        こんなに安くなくてもいいじゃないか、と思うけど安さの魅力には無抵抗だからな。

         ほいでもって午後は一年生だ。20名ほどの学生がズラリとテーブルを取り囲む。
        用意した教材を元にして授業の説明、およそ一時間。相変わらず反応は薄い。時々
        笑いは生まれるけどさ、大したもんじゃない。あ〜これがメゲるんだよね。休憩を
        はさんで説明開始、およそ30分。相変わらずだ、頷くでもなし質問するでなし、
        元気のいい男子が不規則発言するも、賑わすほどもなく空しく響くのみ。しかも
        サワサワな私語は切れ目なく続き、こちとらの気力はみるみる失せてゆくのが
        わかる。ギャグを入れることも少なく淡々と説明し、あっという間に授業は終わる。
        これがアタイの限界かしら、なんてことを思いつつ。

         思えば去年が良すぎたんだ。数十年ぶりの逸材M嬢さっそうと登場、なんたって
        アタイが説明している途中で手を上げて質問したんだからな。内心仰け反ったけど
        平静を装って順々と説明申し上げた次第。その後、折にふれ質問の嵐。単に質問
        するかしないかだけじゃん? いやいやそうではありませぬ。物事の初めの一歩、
        質問するかしないかは、その内容を問わず非常に重要なポイントと心得ている私。
        質問もしない学生は、そのままズルズルと話し合う事もなく、自分勝手に作品を
        仕上げてしまうに決まってる。なんのために学校に来たの? そんなら家で作れば
        いいじゃん! と言いたくもなろうってもんじゃないっすか。

         そのM嬢、ある日私は聞いたわけだ。「なんで、そんなに度々聞きにくるの?」と。
        そしたらさ、これまでの人生でようやく話が合う人と出会ったというのが第一印象、
        私の答えが納得出来るし、自分が考えてたことを指摘してくれて、などなど。
        ナルホドね、そういうことかい。ま、週一回しか会わない学生だし、影響力だって
        いと少なし、多くを期待するのは無理ってもんだ。しかも、学生の多くは10代だし、
        私との年齢差50年だから、お互い考えも違うし、なんたって生きてる時代の空気が
        違うからさ、理解しようってのがそもそもの勘違い。そんなことを考えてしまうと
        学校で教えるのは限界かなと思うワタクシもいる。でも希少生物天然記念物のM嬢
        も存在しているんだから、もうちょいと積極果敢な姿勢の学生が現れてもいいじゃ
        ない。それってアタイのワガママなのか、それとも見果てぬ夢なのか??

         B型男性のアタイ、こんなデータが。「仕事そのものに情熱を見出せなくなると、
        ダラダラと怠けた生活を送ることになる」
        。これだ! イカンイカン、これは要注意
        でっせ。すでに私はそうなりかかってる実感横溢だかんね。いけないと思うココロvs
        やる気が失せつつあるココロ。関係ないけど、7万円5万円3万円運命の分かれ道! 
        はてさてどうしたもんかのう。

         こうなったら、週一回の学校に代わりになる「なにか」をめっけないとならん。
        はて、そんなモノやコトはあるんだろか? オーディオの師匠であり代理店として
        位置を築きつつあるmazdaluce氏の工房で改装を出しゃばっちゃう? 懇意にして
        もらってる中目黒のレストラン・バランチェッタで皿洗い(嫌がるだろうなぁ)、
        畏友T野井さんはいまだ仕事持ちだから忙しいだろうし、M嬢だって卒業して就職
        ってことになればそうそう付き合ってはもらえまい、大阪のN谷さんはなんたって
        遠いし・・・・・・・・・・・・どないしょ〜

        ハァ〜、アテはなし時間は迫るし・・・・・・・・・・な、店主なんだわさ。

         

        邂逅に昂るココロ

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           何年ぶりだろうか、唐十郎。治療中とかで出演することはないけど、公演場所が
          お茶の水なのでまったく久しぶりに芝居見物に行ってきた。いつもは神社の境内とかで
          赤いテントを張っての小屋掛け興行、今回は明治大学の敷地?内だから、物珍しさに
          つられて。40年程前には足繁く通ったもんだけど、足は遠のくばかり。そんな昔の
          ファンだから大きな口は叩けない。ともあれ、行ってみたわけだ。

           昔・状況劇場、今は唐組。ブログで紹介されている画像で今回の場所を再紹介。

           明治大学の脇にある空き地、ここにテントが建つ。私が講師をしている
          東京デザイナー学院のJ館なる校舎から歩いて数分だ。

           一週間程前?、この地に乗り込み、団員の方によってテントは建てられる。左に
          見えるは楽屋に割り当てられた小さなテント。

           こんな感じになる。ネットを覗いてみてたらこの赤いテント、故・赤塚不二夫がポンと
          寄付したとのこと。酒席での約束とはいえ約束は約束、守らねばならないと750万円也。
          赤塚不二夫の凄さ、今さらながら恐れ入る。

           チケット片手に待つ事しばし。大声で入場のルール説明。あぁ、昔と同じだ。
          それにしてもよく通る声に感心してしまう。私のチケットは、事務所に直接電話しての
          ことだから右下に番号がある。39番だ。まずは番号がある方、1番から30番までの方は
          ここに並んでくださ〜い。はい、次は31番から60番までのかた〜、と次々に列が出来る。
          一列30人で4列ちょっと、大体150〜180人程度か。ほどなくして、いよいよ入場だ。
          一番後ろにベンチ式の座席が並んでる、脚の悪い方用。で、順々に前から、4列目くらい
          に着席。

           床はベニヤにゴザ敷き、失敗した座布団持って来るんだった、と。観始めてちょっと
          したらもう尻がイタイ。見ればとなりのお嬢様はしっかりピンクの座布団持参。う〜む。

           こんな街中、テント一枚で仕切られた仮設空間で演じられる演劇、外を歩く人の声が
          聞こえるし、車やバイクの音も。でも、そんなことは一切おかまいなしで、すっと開演。
          役者登場、一気に別世界に引き込まれる。それにしても、相変わらず怒濤のセリフの量に
          圧倒されちまうな。息つく暇もなく繰り出される言葉の数々、その昔、清川虹子が台本の
          厚さにビックリ「電話帳ほどもあるんだから」と仰け反ってたことを思い出す。役者が
          大声で叫ぶこと多く、唾が飛ぶのが見える。最前列のお客さんは大変だ。そして、大きな
          金盥(カナダライ)に注がれた水を舞台上の壁の向こう側にザーっとぶちまける段になり、
          勢い余った水が舞台上に飛沫をあげて、それも客席に。こらたいへんだ。観る方も楽じゃ
          ないのだ。

           で、相変わらずそんなことにも目もくれずに物語は進むときたもんだ。時に、間欠的な
          笑いに耐えきれないアタイ、つい大きな声で笑っちまう。おおよその物語はあるけど、
          物語はどんどん飛躍し枝葉を伸ばしあっちこっちへ。登場人物はひっきりなし、照明も
          音楽も素早く切り替わり、セリフは途切れる事もないから、こちとらのアタマも忙しい。
          観ながら、なんて心地いいんだ、なんてオモロいんだ、と感心しつつ、ほぼカンドーに
          近いココロなのだ。いまさら私なんかが言ってもまったくどうってことはないけどさ、
          唐さんの筆の勢い、イメージの飛躍、そこここに顔を出す知識や教養の膨大さ、に圧倒
          されつつ爆笑しつつのひとときは病み付きになりそうだ。いやいや、きっとなるだろうて。

           なかでも久保井研なる役者が素晴らしくウットリしてもうた。いや〜まったくもって
          役者やのう〜、なんザンス。アタイのようなトウシロが誉めたところでなんのことも
          ないんだが、誉めずにはおれない。なんたって間がいい、相手とのセリフのやりとりの
          間が素晴らしいんダ。所作や動き(同じか?)、言い回し、表情も文句ナス。やって
          くれるんだ、これが。登場される方々、みんな頑張ってることはわかる。でもね、この方
          は別格と言った雰囲気、余裕シャクシャク凄みも感じられ、まさに別人28号の称号で
          讃えたい。何気ないしぐさやセリフでこちとら大爆笑、笑いの栓が壊れちまったように
          とめどなく押し寄せる笑波は止めようもなし。研ちゃん観たさに次回も行くに決まっとる。

           治療に専念なさってる唐十郎、年齢も年齢だから現場に立つのは無理かもしんない。
          でもね、久保井研がいる限り唐さんの血脈は引き継がれるに違いない。

          一日経っても昂りは収まらず・・・・・・・・・・・・・な、店主でした。

           

          ダンナさん?

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             先日、まったくの久しぶりに東京は鮫洲にある運転免許試験場に行ってきた。訪問の
            理由はこれだ!

             泣く子も黙る朱印が目に入らぬか! ってなもんだ。こんなものが送られてきた
            からには行かねばならんだろう。ご多分にもれず、小さな違反が累積されて、6点と
            なり召喚状がね、来たわけ。

             ここんとこ数回ここの前を通過して、古い建物が取り壊されたことは知っててさ、
            ここでいいんだろうか、どっかに移動したんじゃないだろうね、と前夜チェックして
            朝も早よから駆けつけたんだわさ。鮫洲駅は相変わらず古ぼけてて昭和というよりも
            大正か? みたいな感じ。完全に時間が止まってるとしか思えない佇まい。うろ覚え
            の道を辿りつつ(ちんこい案内板があった)新装なった建物、いざ見参。広い空間で
            ボンヤリしてたら「ダンナさん、4階」と言われちまった。本に挟んであった違反者
            講習通知書をめざとくめっけたんだろう。それにしてもいまどきダンナさんはない
            だろうよ。建物は新しくなっても職員は以前からの方々だからな、なんか不思議な
            感じを抱きつつ4階の部屋に吸い込まれた。

             開始は8:50、終わりは16:00。さて、この溢れんばかりの時間をどのように
            過ごさせてくれるのだろうか。淡い期待は高まる。

             一日で終わる講習は、二つの選択肢があり、金額も違う。その差4150円也。
            う〜む、どちらにセようか?? Aは実車と運転マシンでの講習、Bは黄色に安全
            とかなんとか大文字されたタスキを肩に旗を手に横断歩道の誘導とティッシュ配り。
            ガストのメニュー選び程度の時間をかけて考えることしばし。なんとなくAコースに
            決めた。とはいえABは午後から、午前は共通した座学なんだ。

             教室に入って目を引いたのが男女別席の札、机の上に置いてある。なんか凄いな、
            いまどき男女席を同じうせず、かいな。長き伝統が垣間見えて感心してしまう。
            時間厳守みたいだから、こちとら借りてきた猫みたいに椅子に座って待つ。ビビリは
            しないけど、だらけてるわけにはゆかないでしょ。なんたってキンタマ握られてる
            からさ。オイオイ、そんな態度じゃ落第させちゃうぞ、なんて言われてもなんも
            言えない弱〜〜〜い立場だかんな。で、待つ事しばし、最初の講習が始まる。
            相変わらずの教習本が二冊、そこからピックアップして説明。これも変わらない。
            教室も設備もキレイピカピカなんだけど職員の服装や話し方も時代錯誤甚だしく
            ギャグかいとツッコミを入れたくなって困ってしまう。しかも、講師の話、これが
            どうにもヘタでね、まいっちまうんだ。喋り方は画一的だし、ユーモアのかけらも
            なし。こりゃエライ目に会ったもんだ、時間が経つのが長くて思いやられる。
            ぐっとこらえつつあたりを見回すとみ〜んな飽き飽きしてる、わかりまっせ、その
            ココロうち、オラっちも早く逃げ出したい。

             幸い二人目はまぁまぁな語り手、違反講習といえどもサービス精神は必要だろう。
            ユーモアを交えつつだから話を聴こうって気にもなる。予想通り時間は素早く過ぎ
            昼食をはさんで、いよいよ実車による運転講習だ。

             車はプリウス、初めてのハイブリッド経験、二人の受講者に審査官が一人。私が
            最初に運転するんだけど、異様に緊張しちゃってさ。日頃運転してるとはいえ、
            審査官が助手席にいるなんてことは免許取得以来だから。それとね、今の車シトロエン
            だからさ、ウィンカーが国産と違うからさ、間違ってワイパー動かしたらどうしよう。
            ハンドルの回し方に始まり、一時停止、車線変更、合流とか目はグルグルあたりを
            見回しまことに忙しい。下手な運転やミスしても落第なんてことはないんだけど、
            それでももしもってことがあるかもしれず、冷や汗が。

             ま、それでもなんとか終え、車中でカンタンな批評。「村越サン、緊張なさって
            ましたね」なんて言われちまって、まるで赤子扱い。少しの問題はあったものの
            無事終わり、教室に戻ったわけ。戻る途中、廊下に居た審査官と目が合って
            社長さん、なんのお仕事?」と来たもんだ。入口ではダンナ、4階では社長、これも
            伝統なんだろうな。以前の試験場知ってるだけに、建物ピカピカ中味もピカピカ、
            働く方々の意識は旧態依然、新旧混交ミステリアス、まったく不思議なもんだよ
            鮫洲試験場は。

            いまどきこんなとこあるんだ、感心しきり・・・・・・・な、店主でした。

             

            小さい事はいいことだ

            0
              今回の旅行でベルリンに行ったことは記事にした。およそ10年前に私のクラスと
              彼のクラスで授業交流をしたのだけど、それを復活したいとそのことを話し合いたいと。
              当時の相手教師Tiloと会って話をしてるときに何気なく当時彼が教えていた学校のこと
              を聞いてみた。顔をぐっと寄せて言うには「もう、あの学校はない」。えっ!ビツクリ。
              「なんで?」、さらに顔を寄せて彼が言うには、専門学校だったのを大学にしたくて
              さまざまにアタックを試みた結果、晴れて大学になったものの、教授の給料は高く、
              設備も充実させなくてはならず、さりとて学生の数は増えず、あえなく大手の教育
              チェーンに飲み込まれてしまったとのこと。う〜む、諸行無常会者定離、はかない
              もんだのう。

               その学校を営んでる夫妻とは何回か会ったし、奥さんは日本人だったから私の店にも
              来た事がある。そんときに大学にしたいとかなんとか聞いた覚えがあったけど、そんな
              ことすっかり忘れてて、いきなり結末を知らされて感慨にふけっちゃったわけ。その
              学校で教えていたTiloとの課題交流は、

               これだ。交流するたって何をしようか? みたいなことになって、アタシャ考えた。
              まずドイツ語と日本語で共通する単語、あるいは日本で知られてるドイツ単語はなんだ?
              できれば、なにかしら交流を象徴してるような意味が汲み取れるものならさらに喜ばしい。
              脳みそフル稼働して考えついたのがVOGEL=渡り鳥。今じゃあんまりないかもしれない
              けど、高校や大学にはワンダーフォーゲル部があってさ、通称ワンゲルって呼ばれててさ、
              意味は迷い鳥だから、あちこちの山や川をうろついてキャンプしたりして自然と親しもう
              という活動だ。そのフォーゲルならばピンと来る人いるんじゃないかって。交流作品
              だって海を渡るから、渡り鳥の名称は日本でもドイツでも意味が通じるだろう。

               課題は、私のクラスで薄いベニヤの椅子を作り、その椅子のパッケージをベルリンで
              作り、お互い交換するというもの。椅子は送るから当然組み立て式になる。それを全部
              送る時の箱に張ったのが上記の印刷。実はコレ、私はとうの昔に忘れてたんだけど、
              今回復活するにあたってそのときの学生がめっけてくれた貴重品。実物を送る前に、

               現地の学生とこちらの学生のプレゼン風景を交換し合ったり

               椅子の模型を作って送ったり

               そうしてこうして完成した椅子とパッケージを双方の学生が1セットずつ持ち合う。
              自慢じゃなけど、これはかなりいい交流課題だと思ってるの。私の教師生活の特記事項
              とも言える最高授業なんだわさ。なんたって実物がそれぞれの手に渡るからさ。それと
              同じ事を彼らは希望してて、そんならやろうかということになったんだ。


               当時ベルリンから送られてきたパッケージを持つアタイ、10年前はこんなだったのよね。
              と、ここまで書いてふと思った。ひょっとしてこのこと以前にも記事にしたかもしれないな。
              とてもじゃないけど探せないから、このまま行く。

               この10月からこの作品制作の授業が始まる。そこで、以前作った私の椅子を持ち出す。
              参考作品として学生諸君にお見せしなくてはならないからね。

               これだ。別にどうって代物じゃない、いたってフツーのスツール

               材料は9ミリ厚のベニヤ、90センチ四方が一枚のみ。組み立て式にしてネジとか
              ボンドは使ってはならない、というのが唯一の条件。むろん大人が座れねばならない。

               脚板と貫板をこうして

               こうなって

               座板をズリズリ送ってゆくと出来上がり

               でもさ、ただ座れるというだけじゃつまんないでしょ。だからアタイは小さな仕掛けを
              用意したんだ。

               それは座板の穴。下からみれば

               こういう具合になっててさ

               座れは薄い座板は少し凹む、そしたら下の凸が上に出て来る

               そしたら尻の穴あたりに凸が当たって、ビックリ。と、こうなる寸法ってこと。

               まぁ、構造のアイデアはそこそこ気に入ってるんだけど仕上げがどうにも。なんも
              してないから明らかに未完。着色しておしまいにしようと思ってたんだけど、

               こんなのや

               こんなのを目にしてしまったら、単色彩色で済むわけがない。ひょっとして布で
              包むかも知れない。ってことで、さっそくやってみんべえか。

              はてさて、スツールの行方やいかに・・・・・・・・・・・な、店主でした。




               

              お清めの一夜

              0
                 昨日、とある公の受賞パーティに行ってきた。友人とかの小さなパーティならば
                ともかくも公式の場となるパーティとなると尻込みする店主。なれど、教え子の作品が
                あるし、枯れ木も山の賑わいとなるのも一興かと。場所は、新宿OZONE。JIDAなる
                デザイン組織が主催する「エコ展」だ。若かりし頃仰ぎ見るような組織だったし、
                あまたあるデザイン世界を引っ張るような存在だった。けど、幾星霜、いまでは
                デザイン業界そのものの発言力影響力が弱くなり、メディアに登場することが
                少なくなったなぁと感ぜられる今日この頃、パーティに参加することでなにかを
                確かめる事もできるかという興味本位野次馬ココロもあったんだ。

                 で、会場へ。教えたこともある2年生のN君と会い作品を前に語り合う。コンビニ
                弁当のパッケージを提案しているんだけど、説明の図が理解出来ない。実物が目の前に
                あるんだけど見比べてもさっぱりわからない。図の線を指で示しながら、これは何の
                線? これは? といちいち確認するんだけど、それでもわからない。質問し説明され
                しばしの後にようやく理解出来た。ってことはですよ、作品を見た人は作品の構造が
                よくわからないままに立ち去る可能性は高いし、審査する先生方も同様だろう。私が、
                よほどのアホで理解が進まなかったのかもしれない、という自省のココロはあるけれど
                アタイもそんなにアホじゃないだろうという気持ちもある。だから、私が理解困難
                であることは、多くの人にとっても多分そうであるに違いない、と思うワケだ。
                作品の内容ではなく、説明の段階で立ち往生してしまってはとてもじゃないが優劣を
                判断できる段階に至る事はできないだろう。理解されない作品、これほど不幸なコト
                はありません。作者として作品に対してうまく説明出来なかったことを彼に言い
                話は終わる。

                 ほどなくして受賞セレモニー。さて、どのようなものになるのだろう。彼方では
                司会者が開会の辞、こちとら気になるのは小さなカウンターで用意されているグラスと
                注がれている白ワイン。どうみても足りないんじゃないか? 長々の祝辞が続き
                ダラけるアタイ、隅っこの椅子に座り本を読み始めてしまったじゃんか。ようやく
                乾杯、気になるカウンターに目をやれば人々で充満していて、早くもグラスが足りない
                気配だ。言わんこっちゃない、足りないのは明々白々、カウンターが小さくて並び
                きらないのであれば、あちこちに点在している丸テーブルに置いておかんかい!!

                 どうにも予算が枯渇しているらしく、供される軽食はチーズと生ハムとパンのみ。
                巨大な1/4のチーズと生ハムの塊、どうやらこれを切り分けているのが学生らしき
                スタッフなの。手つきも怪しくなかなかスムーズにゆかない。なんせ食べるものは
                これしかないし、多くは若い学生だから長蛇の列となる。こりゃ可哀相ですよ。
                切り分けるスタッフがさ。料理人を連れて来ることができないんだったら、せめて
                切り方の講習とかあらかじめ切っておくとか出来なかったのかなぁ。後で聞けば
                「早くしてくれ」と言われてもいたとのこと。適切な指示もなく、切り分けてね
                と放り出された若きスタッフの胸中はいかに? そう思わざるを得ない。

                 ワインを飲みしばしの歓談、後、受賞セレモニーとかを始めま〜すと。声を大に
                するも広い会場のあちこちで歓談中の人々は一向に集まらないんだ。始めま〜す
                こちらに集まってくださ〜い、と何度もコールすれども衆は一向に動かない。
                段取りの悪さは最高潮に達し、見ているもっちもヒヤヒヤだ。広い吹き抜けの
                明るい会場に作品は展示されていて、セレモニーは隣接した天井低き照明も暗き
                会場だ。なんたってこれがマズイ。混乱するにきまってるじゃないか。そんな
                ことも予想出来ない対処できない人がどうして良いデザインを生み出せるんだろか?
                まったくもうカンベンしてくれ、と言いたくもなってしまう。見れば司会者は
                シャレた服装を着こなしているけれど、この混乱を仕切る事ができないんだ。

                 今回で12年目だというこのパーティ、慣れていないなんてことは言わせない。
                たとえこの司会者が今年初めてだったとしても、引き継ぎができていればこんな
                事態は起こらないだろう。コレ以外にも失態はひきもきらず、次々と眼前に展開
                される。言えばキリがないくらいに噴出しまくる。まったく泥縄状態、対症療法に
                てんやわんや。これがJIDAの実態なのか? マジで?? と、気持ちは重くなり
                組織の行く末が案じられる。って言ったってアタイとはなんのカンケーもないから
                まるっきりの他人事で、ど〜でもいいんだけどさ。

                 伊達に年老いてはいない、65才のアタイだ。ドイツのケルンで開催された
                展示会で行われた学生コンペに参加したことがある。ま、巨大企業が主催だから
                予算の多寡は目もくらむ違いがあることは承知してる、でもなぁ、金がなければ
                知恵と工夫で勝負するってのが世の中の常識じゃないか。ましてやデザイン業界
                であればなおさらのことじゃないか。そして、去年はハーフェレ社の受賞式にも
                参加したんだわさ。なにも飲み物とか料理にケチをつけてるわけじゃない、
                段取りの悪さ、気遣いや状況の予想力の欠落が情けないと言うとるんだ。

                 つまりは誰もこのパーティに対して真剣に考えていないってことじゃないか。
                おざなりに担当になったからイヤイヤやってるんじゃないか、そんな気がして
                しかたない。モノ作り大国を自認し、その一端を担うプロダクトデザインに
                籍を置いてる者としての自覚はないんか? たとえ小さなプロジェクトの
                予算もないパーティかもしれないけど、将来を担う学生に対して、デザイン
                ってのはこういうもんだ、デザイナーの仕事ってのはこういうもんだ、と
                お手本となるイベントにしなけりゃ、偉大な先達に顔向けが出来ないだろう。

                 そんなこと満載なココロで帰途、アァとてもじゃないけどこのまま帰るわけにゃ
                ゆかない。こんなときには中目黒のバランチェッタで厄払いお清めしよう、っと
                立ち寄った。店に入った瞬間、私の服装を見て「洋装か和装かハッキリして下さい」
                ピシャリと言われてしまった。教え子から、あまり目立った服は着ないでね、と釘を
                さされていたから控え目にしたんだけど。そう言われてみればその通りで。でも
                それは×なことではなく◯なことの一表現であることは付き合いが長いからわかってる。
                その気を許せる店主O崎さん料理人のW辺さんとしばし歓談、悪態を吐き出して
                スッキリなアタイ。ビール2杯と魚カルパッチョ、パンも食べてお腹はくちくなり、
                ココロも晴れてきて言う事ナス。

                 幸い私がいささか手伝った学生作品は受賞することはなかった。幸い? そう、
                幸いだ! こんなダサイ、きわめて段取り悪しのパーティを平然と執り行なうことに
                疑問を抱かない(抱いてるかもしれないけど)組織から賞をいただくことは、作品の
                汚点にもなりかねない凶事と思うんだわさ。そんなことを思うアタイがヘンテコ
                なのか? あるいは偏屈な爺なのか? でもなあ、コトの良し悪しはそこそこわかる
                と自負してるし、なんでもかんでも悪口三昧ではないと自覚もしてるからさ、
                私がこうして書き連ねていることもまるっきり片寄った感の吐露ではないだろ。
                そういうこともあって、この組織に名を連ねて名刺に会員とかなんとか印刷している
                デザイン業界の方々の心智はいかなるものか? と思うワケ。営業の一環としての
                効果なのか? 学校で教えていることを名刺に載せている人もいるけどさ、どちらも
                同じようなもんで、その肩書きの効果はあるかもしれないけど、デザインとかモノ作り
                とかの社会に果たす役割なんかと真面目に考えた末でのことなのか、を私は問いたい。

                ああ、かくも堕ちたりJIDAの行く末やいかに・・・・・・・・・な、店主でした。

                 

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