心の中の爆笑
「やっとく?」ってことばが爆笑の種。改めて言うまでもないが「やっとく?」
は「やっておく」の短縮形だ。「やっておきますか?」が元型でしょ。今思った
んだけど「しておく?」との違いはなんなんだろうね。「やる」「する」の違い。
「やる」は行動の相方があるってことか。「する」は自分自身が行動の対象なの
かしら?
この「やっとく?」は問いかけです。相手がいる。でも「しとく?」も同じ
ようでもあるな。よくわかりませんねん。相手は自分自身の場合もありそうだ。
独白。ま、ふつうは「掃除やっとく?」とか「ご飯食べとく?」みたいな使い方
をするけどさ、アタマにつく言葉が変わるといきなり激変することにふと気が
付いて、気が付いたのがけっこう後になってからだったんで爆笑は心の中と
いうワケ。こんな体験生まれて初めてで不思議な感じ。
「洗濯しておく?」はフツーだけど「SEXしておく?」となるといささか
ヘンテコになる。この先やる機会がないから今しとこうか?そういうこと?
SEXは気分が盛り上がったとき、やりたくなったそのときに実行するもん
でしょ。そんなSEXをあらかじめ済ませておきましょう、そういう考えが
オモロいっていうかさ。この妄想は以前「真面目」の使い方に端を発して
いるんだけどね。かの斉藤綾子嬢が「真面目にSEXしなさい!」と著書で
述べていて、読んだ時は軽いショックを受けたんだわさ。真面目とSEX
という二つの単語、私の常識では遠く離れた意味の単語が合体することに
感銘を受けたのよね。
こういうのを「異化効果」と教えられたのは筒井康隆著「文学部唯野教授」
だった。確か「限りなく透明に近いブルー」が例として挙げられていた。
文学の世界じゃ使い慣らされた意味の単語の組み合わせで新味を与えよう
といろんな試みがなされているとのこと。「愛」なんてことばは代表例で、
愛の調べ、愛なき世界、至上の愛、愛燦々、いろいろあるわけだけど、
愛の土俵とか愛パンチという組み合わせはちょっと奇妙で新鮮味が感じ
られるってこと。つまり異なる単語(しかも意味がまったく違う二語)を
くっつけることでなんらかのイメージを作り出すというのが異化効果
らしい。
閑話休題、こちとらなんたって老人だからSEXは不真面目なことと刷り
込まれてる。小さな頃から陰でこそこそ禁断のSEXみたいな教育されて
きたもんで、真面目なSEXって一体なに? と混乱するわけだ。不真面目な
SEXってのもなんだかなぁとは思うけど。で、「やっとく? SEX」。SEX
はやるものなのかするものなのか、さあてどっちなんだろう。オナニーは
やるのかするのか?おぼろげになんとなくではあるけどSEXはやるもんで
オナニーはするもののような気がする。つまり、なにかしら行動の対象が
自分以外のことやものならば「やる」、自分自身の行動であるなら「する」
ということ?
多分そういうことなんだろう。しかし「仕事する」「仕事やる」同じ
ような感じもするしな、正しい使い方はどちらなんだろう。ヒマで毎日が
日曜日なアタイはこんな愚にもつかないこと考えつつ日が暮れる。
それにつけてもこの「SEXやっとく?」はいいフレーズだ。なんか軽い
意味でつい「そうしようか」という気にさせられるんでないかい。
「SEXしたい」「SEXする?」は切迫した生理的心理的状況があからさま
だけど「やっとく?」には、やってもやらなくてもいい、一応聞いて
おきますけどという気軽な問いかけで断られてもガッカリ感は軽微な
もので済みそうだ。使ってみたいなコレ。初対面のお方にも言えそうな
気がする。言えるわけないか・・・・・ないな・・・・・あるワケない!
それにしても寒い、寒さゆえの妄想?・・・・・・な、店主でした。
は「やっておく」の短縮形だ。「やっておきますか?」が元型でしょ。今思った
んだけど「しておく?」との違いはなんなんだろうね。「やる」「する」の違い。
「やる」は行動の相方があるってことか。「する」は自分自身が行動の対象なの
かしら?
この「やっとく?」は問いかけです。相手がいる。でも「しとく?」も同じ
ようでもあるな。よくわかりませんねん。相手は自分自身の場合もありそうだ。
独白。ま、ふつうは「掃除やっとく?」とか「ご飯食べとく?」みたいな使い方
をするけどさ、アタマにつく言葉が変わるといきなり激変することにふと気が
付いて、気が付いたのがけっこう後になってからだったんで爆笑は心の中と
いうワケ。こんな体験生まれて初めてで不思議な感じ。
「洗濯しておく?」はフツーだけど「SEXしておく?」となるといささか
ヘンテコになる。この先やる機会がないから今しとこうか?そういうこと?
SEXは気分が盛り上がったとき、やりたくなったそのときに実行するもん
でしょ。そんなSEXをあらかじめ済ませておきましょう、そういう考えが
オモロいっていうかさ。この妄想は以前「真面目」の使い方に端を発して
いるんだけどね。かの斉藤綾子嬢が「真面目にSEXしなさい!」と著書で
述べていて、読んだ時は軽いショックを受けたんだわさ。真面目とSEX
という二つの単語、私の常識では遠く離れた意味の単語が合体することに
感銘を受けたのよね。
こういうのを「異化効果」と教えられたのは筒井康隆著「文学部唯野教授」
だった。確か「限りなく透明に近いブルー」が例として挙げられていた。
文学の世界じゃ使い慣らされた意味の単語の組み合わせで新味を与えよう
といろんな試みがなされているとのこと。「愛」なんてことばは代表例で、
愛の調べ、愛なき世界、至上の愛、愛燦々、いろいろあるわけだけど、
愛の土俵とか愛パンチという組み合わせはちょっと奇妙で新鮮味が感じ
られるってこと。つまり異なる単語(しかも意味がまったく違う二語)を
くっつけることでなんらかのイメージを作り出すというのが異化効果
らしい。
閑話休題、こちとらなんたって老人だからSEXは不真面目なことと刷り
込まれてる。小さな頃から陰でこそこそ禁断のSEXみたいな教育されて
きたもんで、真面目なSEXって一体なに? と混乱するわけだ。不真面目な
SEXってのもなんだかなぁとは思うけど。で、「やっとく? SEX」。SEX
はやるものなのかするものなのか、さあてどっちなんだろう。オナニーは
やるのかするのか?おぼろげになんとなくではあるけどSEXはやるもんで
オナニーはするもののような気がする。つまり、なにかしら行動の対象が
自分以外のことやものならば「やる」、自分自身の行動であるなら「する」
ということ?
多分そういうことなんだろう。しかし「仕事する」「仕事やる」同じ
ような感じもするしな、正しい使い方はどちらなんだろう。ヒマで毎日が
日曜日なアタイはこんな愚にもつかないこと考えつつ日が暮れる。
それにつけてもこの「SEXやっとく?」はいいフレーズだ。なんか軽い
意味でつい「そうしようか」という気にさせられるんでないかい。
「SEXしたい」「SEXする?」は切迫した生理的心理的状況があからさま
だけど「やっとく?」には、やってもやらなくてもいい、一応聞いて
おきますけどという気軽な問いかけで断られてもガッカリ感は軽微な
もので済みそうだ。使ってみたいなコレ。初対面のお方にも言えそうな
気がする。言えるわけないか・・・・・ないな・・・・・あるワケない!
それにしても寒い、寒さゆえの妄想?・・・・・・な、店主でした。
- 2016.01.28 Thursday
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- 11:06
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